Q. 自分がよく知っている領域で起業するべきでしょうか?

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この点は「スタートアップに投げかけられるよくある質問」にどう答えるかで考えてみるのが良いかと思います。

【質問1】あなた(たち)がその領域で勝てると思う理由は何ですか?
【質問2】あなた(たち)はどうやって他社と差別化をするつもりですか?
【質問3】ニーズ仮説の検証はどのようにやるつもりですか?

<ケース1>

例えば仮にあなたが何かしらの領域で高名な研究者や発明者であった場合。 あなたがよく知っている専門領域で起業した際に上記の質問に対する回答は非常に明快です。

【回答1】私が業界一のスペシャリストだから
【回答2】私が開発した〇〇は業界トップで他社の追随を許さない性能だから
【回答3】もう10数年仮説検証をやり続けてきた。市場ニーズには強い確信を持っている

ということで完了。 「誰か文句ある奴は出てこいや」とでも言わんばかりの強気のプレゼンですね。でも事実である限り誰もコメントのしようもありません。

<ケース2>

例えば仮にあなたが「その領域で数年の経験はある」という程度だったらどうでしょう。

【回答1】 私はその領域で◯年の経験がありますが、大抵のメーカーが〇〇を解決できずに躓いているのを見てきました。実際私の前職の会社も〇〇が原因でサービスを十分に拡大させることができませんでした。しかし今回我々が開発した××によってその問題は解決する見込みです。
【回答2】 今回開発した××には素材△△が必須でして、これは中国のとあるメーカーしか製造できません。我々はそのメーカーと202X年までの限定供給契約を結んでおり、それによって先行者優位を得るつもりです。いずれ競合が登場すると思いますがその前にユーザーの囲い込み戦略を行うことで対応したいと考えています。
【回答3】 先ほど述べたように業界で◯年の経験があり、有望の顧客候補と直接コンタクトがあります。すでにいくつかの会社とPoCの計画を立てており、今年中には仮説検証のフェーズを終えるつもりです。

印象としては悪くないですね。どれにもきちんと論理的で納得感が得られそうな理由が提示できています。

<ケース3>

最後に仮にあなたが完全に門外漢な領域で事業を立ち上げようとしているとき。

【回答1】 私は確かに〇〇の領域での職務経験はありませんが、〇〇に対する愛では誰もに負けない自信があります。いつか〇〇関係のビジネスを立ち上げたいと思い経験を積んできました。私の主なスペシャリティは××ですが、実はこれはほぼ〇〇に転用可能な技術ばかりです。しかしながら〇〇の領域ではその発想を持つ人は皆無ですし、業界ではタブー視されているようにすら見えます。そこで私は大胆に××での経験を用いて△△を作り出すことによって〇〇の領域で革命をもたらしたいと考えています。
【回答2】 さきほど述べたようにそもそも△△を導入しようと考えている会社すら皆無です。また△△を使用する際は××の経験が必須です。我々は全てを持ち合わせていますが競合他社はそのどちらも現時点では持っていません。我々は確実な先行者優位を得ることができます。
【回答3】 私が最もリスクを感じているのは実はこの点です。過去に△△の導入を考える方がいなかったかというとそこまで楽観的には思っていません。そうすると△△を積極的には取り入れられない理由が〇〇の領域にはあるということで、その理由について我々はすでにいくつか仮説を立て解決に取り組んでいます。しかしながら想定外の理由が出てくるリスクやスムーズなワークフローが実現するかどうかなど極めて現実的な課題は山積しており、早めにリスクを潰すべきと考えています。 幸運なことに我々の既存株主の投資先に〇〇関連の企業があり、そのツテを使って仮説検証に取り組むスキームを構築しようと考えています。

うーん、まんざら悪くない受け答えなのではないでしょうか。

<種明かし>

実はこの答えは「どうでもいい」のです。
だって、どれの人もそれなりに良い返答ができていたはずです。投資家であれば「投資してもいいかもな」と思えるような。採用や幹部の引き抜きのシーンであれば「この会社、ジョインしてもいいかもな」と思えるような。

これはよくあるトリックなのですが、質問者は「どう答えるか」を通してその起業家の人間性を見ようとしていることがほとんどです。特にアーリーステージであればあるほど。

例えば本人がケース2なのにまるでケース1のように振る舞う人間には大きなリスクがあります。自己を見誤っているからです。自信があるのは大変結構なことですが、自信過剰は謙虚さを損ない他者の意見を聞かなくなったり死に体のままデスロードをひたすら進むようになってしまう可能性があります。

またケース3なのに仮説に危うさを想定していない人もちょっと自信過剰ではないかと考えられます。逆に誰がどう見てもケース1なのにケース2のような計画を立てようとしている人は行動力、スピード感に欠く可能性があり、アクセルを踏むべきところで踏み切れないかもしれません。私ならこういう会社には入れないし、ジョインもしません。

自らを、市場を客観的に見て、それに対して正当なプランを立て、アクションを取れる人であれば、どの領域で起業するかというのは正直瑣末な問題なのではないかと個人的には思います。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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