W杯ドイツ戦勝利を徹底分析する

最終更新日

2022年カタールW杯の初戦ドイツ戦にて日本が勝利した。
こういうことは何度もあるものではないので、思ったことを率直に書いておく。
あとで懐かしく振り返ることができたらいいな。

イランとサウジアラビア

前段として上記の対照的な2試合があったことを忘れてはならない。
イランはイングランドに2-6で大敗した。
一方サウジアラビアはアルゼンチンに2-1で逆転勝利を収めた。

両者の決定的な差は何だったか?

試合を観た人にはハッキリとわかるだろう。『攻めの姿勢』だ。

イランはイングランドをリスペクトしドン引きの立ち上がりを見せた。
トップのチェイシングはほぼ無し。サイドも深い位置まで下がって中央を固めた。
立ち上がりからの「引き分け狙い」は明白だった。
しかしそのくらいのことイングランドはテクニックとスピードで剥がすことができる。
先制点のベリンガムはボランチ(3列目)だし、結局サイドを崩されて起点となった。
その後も「極力失点が少なくなるように」とドン引きを継続した。結果ボロ負けした。
実力通りといえばそれまでなのだが
「何故実力通りの結果にしかならないゲームプランを選択したのか?」
とイランのファンなら思ったに違いない。

一方サウジアラビアは違った。
テクニックで大きく上回るアルゼンチンに対してハイラインで挑んだ。
ハイラインである。ハイプレスではない。
これはちょいと時代遅れと言われてもおかしくない戦術だ。
ハイラインはリスクが大きい。
GKにも前に出ることが求められるし、ディフェンスラインの統率の難易度が高過ぎる。
加えて中盤でパスコースの限定を一個しくじれば即失点する。
サイド攻撃を主体とする相手に対してはハイラインはあまり機能しないことが多いし、
だからといってそこでサイドを埋めようとすると必然的に5バックのようなシステムになって
中盤の深い位置が空きやすくなる。

実際サウジアラビアの中盤での守備は到底完璧とは言えず何度もスルーパスを通されていた。
しかし粘った。
SBが一対一で負けることがほとんど無かったし、CBの強度は非常に高かった。
得点シーンには人数をかけることもできていなかったし運も多分にあるが、
結局サウジアラビアは

「やりたいことをやって0-4, 0-5で負けても仕方ない。その代わりに確率は少なくても勝ちに行く」

という戦術を選択した。
この勇気と、チームとして一致団結した決断力と統率力は評価されるべきだろう。

さて、日本はどうだったか。

「前半と後半でガラッと変わった」と誰もが感じているだろう。

前半はイランのようだった。後半はある意味でサウジのようにも見えた。

混乱の前半

ドイツのキープレイヤーはというと当然PKを取った左サイドのラームはその一人だった。
日本がディフェンシブに来ることを折り込んだ上でかなり高い位置を取る。
インサイドに入ってくるプレイヤーではないので本来なら対応しやすかったはずだが手を焼いた。
それが何故か、というとボランチのバランスを崩されていたからだ。
じゃあボランチのバランスを崩していたきっかけは誰が作っていたか、というと中盤の3枚。
ミューラー、ムシアラ、キミッヒだ。
彼らがサイドに流れて数的優位を作り、そこに対して横関係あるいは縦関係のパスコースを作る。
日本はそこを潰すためにボランチが流れる、
そうするとインサイドが空く、
SBが絞る、
大外のラームが空く。
というのがドイツのまさしく「意図通り」だった。

前半を見ていて「なんでこんなに簡単にドイツのパスが通るのか?」と思った人も多いのでは。
当然ドイツの中盤のパス回しは世界トップレベルだ。そう簡単に止めれるものではない。
しかし日本の中盤のディフェンス能力も決して低いものではない。
後半にそれを遠藤が何度も証明してくれる。

原因はサイドでのプレッシャーの甘さ、ではなくその前の前線での限定が甘かったせいだ。
トップの前田、伊東、久保のところできちんと
「日本の意図通りの場所」に「日本の意図通りのタイミングで運ばせる」 ことができていなかった。

これができていないとディフェンスはどうしても対応が遅れる。何故ならグラウンドは結構広い。
プレスが速いチームというのは別に足が速いわけではなく、
きちんと前線から限定して意図通りのところに相手に蹴らせているあるいはドリブルさせてるからだ。

日本も当然ながら理想はそれだった。

しかしできなかった。仕方がない。

これに関しては残念ながら実力不足だったのだ。

変貌の後半

では後半の日本がどう変わったか。
端的にいうと「意図通りに相手をハメるのをやめた」のだ。

これは正直大きな決断だったと思う。
実力差を真摯に受け止め、相手のやり方に合わせてこちらのやり方を変える決断をした。
具体的には5バック気味な3バックに変えて、相手の前線のメンツに対してマーカーの割り当てを分かりやすくした。
ラームやニャブリはあまり流動的に動く選手ではないから

「目の前の相手を押さえればよい」

とウィングバックの判断を軽くすることができた。
センターは相変わらず流動的に動いてくるが、サイドを気にしなくて良いならまたここも判断を軽くできる。

判断を軽くするということはプレスを速くすることに繋がる。迷いがないからだ。
それで互角の戦いはできると踏んだ。

つまり個々のテクニックやチームとしての総合力では劣っているが、
局面でのインテンシティではそう負けていない、と判断したということだ。

これって実は画期的なことだと思う。

日本は元々人種的に体格には恵まれていないし、
アジリティは高くてもインテンシティは低いのがまさに日本人だった。

この認識はひっくり返った。当然主役は遠藤。

後半ドイツは前半ほど簡単に中央にパスを当てることができなくなった。
日本のボランチがタイトにディフェンスしてくるからだ。
実際そこでボールを失なうと、いくらドイツとはいえピンチになるのは間違いない。
(前半の前田のオフサイドノーゴールのシーンがその典型だ)

日本のトップはスピード重視で選ばれているのでカウンターには十分な破壊力がある。
特に決勝点を入れた浅野は隙さえあればコースがなくとも深く考えずガンガン打ってくる。
実はこういうタイプはディフェンスにとって一番嫌だ。
シュートコースを切ってるのに構わず打ってくるちょっとアホなやつ。
リュディガーが浅野を挑発するシーンがあったが、
あれはバカにしているのではなく心理的にマウンティングしたかったのだと思う。
「おれはお前に負けねぇぞ」と。
つまりは嫌がっていたのだ。(だいぶアドレナリン出てた)
視界に入っていない格下を挑発なんてしない。

日本の後半の戦い方は良い割り切りがあった。

守備はほぼマークを定めた堅いプラン。
そして攻撃は前線3枚+ウィングバックのどちらか片方のみ。
ボランチではめてそこからカウンター。

混乱させられ続けた前半からものすごく明確な切り替えができた。
これは間違いなく勝因のひとつだし、実はこれができた日本ってかなり特殊だということに気づく。

ゲームプランの変更

試合中のゲームプランの変更などよくある話だ。予期しない交代も然り。
しかしほとんどの場合でそれらからは

「いやぁ交代選手が点を取りましたねー」

くらいの事象しか生まれない。

こんなに前半後半で大きくいじったくせに上手く機能したチームってそうそうないのでは?

しかも対ドイツで。しかもワールドカップ初戦で。

スタメンが発表された時に、私が真っ先に考えたのは「誰を交代させるつもりか」だった。
前田と浅野の交代はわかりやすかったし、長友をフルにやらせるつもりが無いのはすぐにわかる。
田中碧の状態も万全とは思えないからフル出場はないだろうと思ったし、
久保と三苫の交代はあるだろうなと。
もしビハインドの状況だったら田中に変えて堂安や南野を入れて鎌田をボランチに下げれる。

これで4枠。あとはトラブル対応で1枠かな、と。

この時に気づいたのがポジションの柔軟性の高さだった。

ワントップで入れる人間は浅野以外にもいる。
南野や鎌田にも経験がないではない。
久保や伊東純也は2トップにも対応できるし、仮に上田を入れるならそれも悪くない。
長友は伊藤洋輝に変えるのが素直な交代だが、富安もサイドができるし、逆に伊藤がセンターもできる。

ドイツメディアが森保監督を「クレイジーな戦術」と評していたという記事がどこかにあったが、
確かに日本はポジションをほぼ固定化していなくて、そのため非常に多数のオプションを持っていた。

そしてそのオプションの中から前半開始時点では(少なくとも私は)想像していなかったオプションをハーフタイムでまず切ってきた。

久保に代えて冨安を入れて3バックへの変更だ。

ハーフタイムで3バックにするということはきっと元々持っていたプランのひとつだったのだろう。
大掛かりな変更は指示が細かくなるし、ハーフタイムであればその指示をする時間が取れる。

しかし大抵上手くいかないのだよ。普通は。

だってフォーメーションが変われば個々の役割も変わるし視点も変わる。
連携しなければならないチームメイトも変わるし、攻め方も守り方も変わる。
普通は上手くいかない。

例えばチュニジアは初戦で格上のデンマークに対して3-4-3のミラーゲームを挑んで引き分けた。
これは「入念に準備してきた」ことが伺える。 チュニジアは元々オーソドックスな4バックだ。
この大会、この大事な初戦のために仕込んできた。
だから試合開始から3バックだった。これも十分素晴らしい。

しかし試合途中で、というと遥かに難易度が上がる。

これを実現するためにやるべきことは?というと答えはひとつではないし、
そもそも明確なスキームなど知っている人はいない気がする。

ただあえて言うなら日本代表がやってきたいくつかのことが実を結んでいると見て取れる。

– スタメンを固定化しない
– 交代を頻繁に使う
– 複数ポジションがこなせる選手を中心に選ぶ

とはいえ、、、これだけじゃダメだと思う。こんなことそこそこ優秀な監督はみんなやっている。
でも上手くいかないのだ。

例えばギュンドアンに代わって途中から入ってきたゴレツカはドイツのバランスを崩す要因になった。
まだ1-0でドイツが勝っている時間帯に交代で入ったので、 そこまでギュンドアンがやってきたこととこれといって変える必要はなかったはずだ。
しかし焦りがあったのか前がかりになり、中央でキミッヒやホフマンとポジションがかぶることが多かった。
ここでもし彼がサイドに流れて幅を取ったりしたら日本はだいぶ手を焼いたと思うのだけど。
実はゴレツカのポジショニングの悪さには日本はだいぶ助けられたはずだ。楽にしてくれた。

そう。こんな調子で大抵交代はあまり上手くいかないのだ。

対する日本の先制点は実は「交代選手しか絡んでいない」

先制点のシーンから見えること

冨安のビルドアップからサイドで三苫が受けて、中に切り込んでクロスの動きをした南野へ、 南野のシュート性のクロスに浅野が飛び込んでいたためノイアーは弾くしかない、そこへ堂安。

全員交代選手だ。

前半は冨安の場所で余裕を持ってボールを持つことができていなかったし、
長友の足元にあのボールが入ったとしてもあそこまで運んで中に切り込む選択肢はない。
三苫だからできたこと。
南野のあのダイアゴナルランも鎌田は出せていなかった。
前半のフォーメーションのせいもあるが伊東はインサイドに入って来れたのは1回くらいだった。
堂安の得点に対する貪欲さがあのポジショニングをさせたと思う。

全てがハマるというのはああいう感じなんだろうな。

特に南野のダイアゴナルはしびれた。

三苫はあのシーンで縦に行くケースが多い。
しかし事前に決めていたのか練習したのかインサイドに入ってきた。
あそこで南野が斜めに入ると、ディフェンスは複数のことを考える必要がある。
三苫は切り込んでシュートができる。コースを空けるわけにはいかない。
でも自分のマーカーは流れていった。
結果として一歩遅れて全てのマークがズレた(浅野もフリー、堂安もフリー)

長年の代表のチームメートであればそういう流れるような連携は考えられる。
しかし三苫が代表に定着したのは今年の話だし、南野は調子がよかったのは去年の話で最近はあまり出れていない。 浅野は怪我がちなのもあって出たり戻ってきたりを繰り返している。
堂安も今年のブンデスでの活躍はすごいがまだまだ代表に定着はできていない。
冨安はディフェンスラインのボール回しを安定させたが、
冨安だけでなく板倉も長期離脱の怪我をしていたしほぼぶっつけ本番だったはずだ。

どうすればこういう戦術理解の浸透と、献身性と忠実性が作り出せるのか?

もはやこれは内部にいる人にしかわからない。

名将のチームづくり

私は昔からのアーセナルファンだが、冨安がアルテタの練習の特徴のひとつとして

「局面ではなく全体を意識させた練習が多い」

ということを挙げていた。

一個一個のパスや動き出しは全てチーム戦術のコンセプトに適したものではなければならないということだ。
それを練習ひとつひとつに入れていく。

だから逆にアルテタからアレコレ指示されることはほとんど無いらしい。
試合前も戦術的な説明は少ない。
しかしチーム全体に戦術とやるべきことは浸透している。
誰が出ようとそれは変わらない。

つまりアーセナルの好調の要因はちょっとした小手先のフォーメーションや選手交代の話では到底語れないのだ。

私はアルテタが「名将」と呼ばれるところに片足を突っ込みかけていると思っている。
昨年までは散々叩かれていたのに。

森保監督も散々叩かれていた。
選手選考や起用法を叩かれることも多かった。

しかしそれらが全てここに結びつけるための布石だったとしたら、、、
とんでもない名将の誕生の瞬間なのかも知れない。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

シェアする