奇跡は2度起ったらなんと呼べばいいのだろう 〜日本vsスペイン〜

カタールW杯グループリーグ最終戦、スペイン相手に2-1の逆転勝ちを収めた。
興奮、驚き、安堵。様々入り混じって複雑なところだが、まずは単純に決勝トーナメント進出を喜びたい。 そして今回のW杯が今後の日本サッカー史の中でどのように語られるんだろうなぁと思いを馳せてみたい(とりあえず脳内で)

<キーマンが誰、と言いづらい試合>

試合が終わってまず率直に思うのが 「いやぁ〜今日のキーマンは〇〇だったね〜」 と非常に言いづらい試合だったな、ということ。
あえて言うなら森保監督。 (まぁ監督なんて毎試合否応なくキーマンなわけだけど)

簡単に言うと、キーマンが大勢いた。むしろ全員。

我々もそろそろ観戦の仕方を学習する必要があるのだけど、 森保監督は90分ではなく、45分の試合に持ち込むプランで来る。 これはドイツ戦でもそうだったし、コスタリカ戦もそうだった。
45分にしているのはたまたまハーフタイムがあるからだが、 いずれにせよ「90分相手を圧倒」とか「90分間よく守り切った」とかを考えていない。 前半45分はこういう試合、後半45分はこういう試合、と分解してデザインしているように見える。

そうすると前半ニコラウィリアムスをひたすら見てるだけでボールキープさっぱりできずに 若干しょっぱい印象で終わった長友もある意味ではミッションを忠実に達成したとも言える。 前半は左の攻めは捨てていたのだろう。
久保もドイツ戦に比べるとかなり固さも取れて良いプレーを見せていたが決定機には絡めず。 でもそれもゲームプランの中だと理解すれば役割を忠実にこなしたと見れる。

<前半>

立ち上がり。 開始からの3バックはスペインの両サイドの高さを意識した上でのフォーメーションだったが、 守備から攻撃のコンセプトは一貫して変わらない。
しかしプレッシングの位置の低さが気になった。
まずひとつには最前線の前田が異常にブスケツを意識したプレッシングをすることで コースが十分に限定できず、スペインのディフェンスラインはあれではかなり楽だったはずだ。 むしろブスケツのコースを空けてそこで狙いに行くくらいのことも試して良かったのではと思うのだが 多分「試すまでもない=きっとやられる」という判断をしていたのだろう。
いずれにせよディフェンスラインからブスケツにボールが当てれないとなった時にスペインが何をしたか。 ペドリが下がった。 彼が深さを取ることによって完全にプレッシングは無効化されていた。
恐らく個人のレベルの判断でやっているのだろうが、 外からテレビで観ている人ならようやくわかるというレベルの非常に適確なポジショニングだ。
ぺドリがブスケツの横、あるいはディフェンスラインの近くまで下がるとそこに空白地帯がある。 日本は本来そこに誰が行くべきかというとボランチの田中か守田なのだが、前半はここに大きく混乱があった。

理由は3バック。

日本は3バックでスペインの前線は3トップ。しかしウィリアムスとオルモは開くプレーが得意だ。 そうすると5バック気味になったウィングバックの長友と伊東で二人を見ることになり、3バックのうちマーカーがいない人間が2人になる。 そうしたら、一人がガビを見て、もう一人が余る。これがわかりやすい。 そうすればボランチの一枚を前に出すことができる。

とクチで言うのは簡単だが、この連携が非常に難しかった。 モラタはサイドに流れるタイプではないのでわかりやすいが、ガビが縦横無尽に動く。 ウィリアムスは張る傾向があるがオルモは2トップのようなポジションにも入ってくる。 これらのマーカーの受け渡しが上手くいかず、結果的にボランチの前に大きな空白ができ、そこを上手く使われていた。

またボランチが前に出て行ってボールを取るポイントを作らないと、ボール奪取後のカウンターの効果が薄い。 人数足りないし、スペースないし、スタート位置深いし。

そうするとだいたいすぐに囲まれて取られる。 わかりやすくそんな感じだった。

前半30分くらいになるとようやくこの点について修正ができてきたが、この混乱のうちに1点取られてしまったは非常にきつかった。

とはいえ0-1 さほど流れは悪いわけではない、でもスペインは正直やられる気は全然していない、そのくらいの空気で後半に向かったのが

結果的にはそれがまた吉だったわけだ。

<後半>

後半立ち上がり。 スペインは前半の流れのままでゆったり入ったが、日本はチームが変わったかのようにプレスをかける。
相手陣内でのプレッシングから相手のトラップミスを伊東が競ってこぼれたところを堂安が左ミドル。 ブンデスリーガで何度も点を取っている得意の角度からのシュートは当然ウナイシモンにも通用した。 見事なゴールで同点。

明らかにスペインは集中力を欠いていた。 ハーフタイムにドイツvsコスタリカの情報が入ったのかも知れない、日本の攻め手のなさに「今日は楽に終われそうだ」と油断したのかも知れない。

いずれにせよ、そのルーズさをしたたかに狙った田中のポジショニングがかなり前がかりになる。 田中が右にさばいて、堂安がセンタリング、三苫が折り返して、そこに田中、という、前半あれだけ押し込まれていた試合でゴール前のあの位置までボランチが行くというのはかなりの確信が必要だ。

恐らく明確な指示があったのだろう。

試合はその後のスペインの猛攻を凌ぎ切って日本が勝ち切った。

以下でいくつかポイントを整理していこう。

<沈黙したぺドリ>

後半しばらくしてから全体のバランスの明確な違和感に気がついた。 ペドリのポジショニングが前がかりになっていたのだ。 これは後半20分くらい(日本が逆転した後もしばらく)まで続いた。
それによって前半の日本を苦しめていた空白地帯はむしろ日本のプレスの「狩り場」へと変わった。 日本の得点はいずれも前線のプレッシングがトリガになっているが、 これに大きく影響したのが実はぺドリだった。

ぺドリのポジショニングは間違っているのを見たことがほとんどないので あれは監督の指示だったのではないかと思う。 スペインの前線は薄いので(実質モラタのみ)厚みを持たせたい気持ちはわからないでもない。 でもそれは『リードしていて引き分けでも構わないスペイン』が取る戦略ではなかったように思う。

ルイスエンリケの判断ミスは日本にとって大きな好機だった。

<ブスケツにミドルは無いという決めつけ>

後半の終盤。日本はゴール前にブロックを固めた。 これが割り切って行えた理由はブスケツにあった。 実は日本はほとんどブスケツに対してプレッシングしていない。 むしろ「遠目であれば打ってもらっても構わない」という位置どりをしているようにすら見えた。 その代わりに「ブスケツの次」の相手にプレスをかけるための準備に集中していた。 ブロックを固めた時に最も嫌なのがミドルシュートだ。 もし枠に飛べばリフレクションやキーパーのミスでゴールが入ることはそれなりにある。 したがって「もし打たれたら」と考えて積極的にディフェンスせざるを得ないものだ。
しかし日本はスカウティングの成果なのか、それとも何かしらの割り切りか、 ブスケツにまったくプレスをかけなかった。

前半あれだけブスケツに持たせないように前田を配置していたことからすると妙に見えるが 「前半の問題を修正した」というようにも見えるし 「中央のブロックを固めてサイドで取るからブスケツにはむしろもたせろ」という作戦だったようにも見えた。

<地味に光る冨安>

69分に投入された冨安は当然「守り切るぞ」というチームへのメッセージだった。 同じタイミングでスペインはガビに変えてアンスファティを投入している。バルサの超強力アタッカーだ。 完全に冨安をファティに当てにいったこの采配がズバリ。
読んでいたのか?それとも偶然?
冨安はファティを封殺、と言って良い出来で結局何もさせなかった。素晴らし過ぎて言葉がない。 アーセナルで既に今シーズン示し続けていることだが、サイド(限定したエリア)で戦わせたら 冨安を崩せるオフェンスはほぼ存在しない。世界最高峰のレベルにおいても。 アルテタは相手の『存在を消したい』サイドアタッカーに対して必ず冨安を当ててくる。マジで効果はデカい。 これはアルテタが発明したことだが、森保監督もきっちりそれに習ったな。

<終盤のスペインのディフェンスライン>

試合の終盤の終盤。スペインベンチでは確実に「ある判断」が働いていた。 ドイツ対コスタリカの経過、逐一情報を入れていなかったとしてもおそらくこのタイミングでは選手にも入れていたはずだ。 というもの前線でアセンシオが若干キレ気味に檄を飛ばす一方で、 スペインのディフェンスラインは最後まで動かなかった。 元々パワープレーをやるチームではないが、それでもサイドバックはもっと高い位置を取って良かったはずだ。 特に途中から入ったカルバハルは、多分一度も中盤を追い越してオーバーラップしなかった。 これは負けているチームのサイドバックのプレーとしては考えにくい。
つまり「このままで良し」という判断がある程度働いていたと見える。
当然W杯優勝国のプライドもある、攻めないチームを国民がヨシとするとは思えない。 しかし、ソフトに判断が働いたと思う。

これは様々なメディアでは「予想」されていたが、 私は個人的には「終盤の状況次第ではあり得る(狙ってくることはない)」と捉えていた。

したがってなにより凄いのはその状況を作り出した日本だ。

<吉田、板倉の涙>

相当なプレッシャーがあったに違いない。
コスタリカ戦で特に不甲斐なさを感じたのは間違いなくディフェンスだと思う。

「ドン引きの相手に守り切られてスコアレスドロー」

という試合は世の中それなりにある。それはW杯でも変わらない。
したがって最もやってはならないことは

「ドン引きの相手に安易なミスから1点取られて負ける」

という展開なわけで、それこそ数十試合に一度の話だが、それがまんまと出てしまったのだ。

「なぜこうしなかったか」「あそこでこうしておけば」が何度も頭を巡ったに違いない。 でも次の試合がある、次で勝てば、と切り替えて立ち向かうだけで相当な精神力だ。

勝利とともにそれが切れて、涙が出てしまった。 勝って流す涙とはなんと素晴らしいことか。

次の試合でクロアチアに勝っても涙する必要はない。
2度起こった奇跡を人は必然と呼ぶ。
もう驚きはない。
ただそこには歓喜があるだけだ。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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