オペレーションとイノベーション

think outside of the box

経営者あるいは経営層がオペレーションを埋める、というのはよくある話だ。
特に中小企業やスタートアップなど資金も人員も限られてる会社組織においては、ひじょーによくある話だ。
それがイノベーティブな行為の一環であればなおのこと。

オペレーションとイノベーションは相反する概念ではない。 オペレーション仕事の中にも小さなイノベーションはあるし、イノベーション仕事の中にいくらでもオペレーションが転がっている。

さて先程の「経営者が埋める」シーンというのはオペレーションが一時的にせよ回っていないということの証明だ。

ここに「一時的の悪魔」が存在する。

一時的とはどのような状況が想定されるか。
例えば、スタッフの病欠、緊急の納品、オフィス外の現場でトラブルが発生し人員が駆り出された、担当が割り振られていない作業が発生した、などなど。 これらが大抵「複数発生している状況」というのがよくある話だ。

単に病欠のスタッフが出るたびに経営者が埋めるような会社はやばいのでスタッフの配備を考え直した方が良い。
単に緊急の納品が発生しただけなら、優先度の低い納品を明日に回して、従来のスタッフで乗り切ることもできるはずだ。
単に外部に人員を駆り出されただけであれば、他の部門から人員調整をかけることは可能なはずだ。
単に重箱の隅を突くような話が発生しただけであれば、そういうことは割とよくある話なわけだから、 「庶務」や「秘書」のようなポジションを設けておいてそのスタッフにさばいてもらうように仕組みを用意しておくべきだ。

しかしこれらが同時多発的に発生した場合にさばくことができなくなり、結果的に経営者がオペレーション仕事に駆り出される。

そうは言ってもよくある話なのだ。

そして「まぁ今日はたまたま」「こういうこともあるよね」「今回もそんな感じか、、」という調子で 「一時的」の解釈が半ばなし崩しに拡大され続けているとき、

大きな注意が必要だ。

これは「あなたが想定しているコストは間違っている」ということを意味している。 あるいは「あなたの会社は本来赤字である」あるいは「あなたの会社の赤字幅はもっと大きい」あるいは「あなたの会社の黒字幅はもっと小さい」 ということを意味している。 本来もっと人件費なりシステム整備の投資なりが必要だからだ。 それをサボることで見かけのコスト削減をしているだけに過ぎない。つまりジリ貧であると。

本来経営者が考えるべきことは、オペレーションの工数を見直してそれに見合った人員を増強するか、オペレーションのフローや部門の構成を見直すかだ。 そしてそれに従って今後の資金計画であったりボーナス、仕入れ資金、販売計画、経営戦略を調整する必要もあるだろう。 これは経営者あるいは経営層以外が勝手にできることではない。そこに脳みそを割くことが彼らの仕事だ。

ようやく出番のはずなのに、現場でオペレーション仕事して良い汗かいて爽やかにビール飲んでる場合ではないのだ。 彼らのその怠惰が将来、従業員たちの首を絞めることになる。

ただし、この話が微妙になるのが、前述の「イノベーション仕事の中のオペレーション」のパターンだ。

当然イノベーティブなプロセスの途中には数多のオペレーションが存在する。 そしてそれだけに限らず、オペレーションをこなしている中にイノベーションに結びつくネタとの出会いがあったりもする。
またアメリカにいた時に、自分で事業計画を立てて設計してプロトタイピングしてハードウェアからウェブアプリケーションまで作って展示会に出して説明員までやっていたら「本当に全部一人でやってるの?」とフランス系アメリカ人の友人にだいぶ驚かれた記憶がある。

総じてイノベーションではあるが、その内はオペレーションに溢れている。 分業が進んでいるアメリカではそのような状況で端から端まで個人が行う習慣はあまり無いのだ。

似た話として「Kuzは設計もしてハンダゴテも握るんだ。珍しいね」ってインド人に言われたこともある。

とはいえ、この『イノベーションの中のオペレーション』は多くの場合で言葉遊びに過ぎない。 何故なら日常の多くはイノベーティブではない活動で満たされているからだ。 これは職種にもよるし、ポジションにもよるし、当然個人にもよる。 しかしトータルで見ると多くの日常はオペレーティブである。
これは決して何かを悲観したような話ではなく、コンビニで毎日おにぎりが食べれるのはオペレーティブな仕事を黙々とこなしてくれている人たちのお陰だし、自動販売機できちんと温かいコーヒーが買えるのも、電車が時刻通りに乗れるのもオペレーションのクオリティの高さが故だ。

オペレーション万歳。

しかしオペレーション一辺倒では社会は回らない。 コンビニの配送システムの効率化を考える人や、自動販売機の品切れの予測システムを発案する人や、電車の運転士の体調管理IoTデバイスを開発する人が必要だ。 そして、それらのプロジェクトのためのファイナンスプランを構築する人や、そもそもの事業立ち上げを夢想し奔走する人が必要だ。

さらに、ここで冒頭のケースに戻ると、経営者あるいは経営層というものは、 『オペレーション一辺倒では社会は回らない』に対して何かしらの回答を示さなければならない立場だ。

やはり、ほとんどの場合で経営者がオペレーティブな活動を行うことはあくまで賞賛できない行為なのだ。

私にも当然若い頃や下っ端の頃があったので(そんなに遠い遠い過去の話ではない) 深夜までオシロと向き合ってデバッグしたり、 泣きそうになりながらひたすらCADで修正作業をしたり、 ノイズ対策の良案がなくて手当たり次第試しては測定しまくったりしたことがある。
正直楽しかった。

深夜の仕事の合間に食べに行くラーメンの旨さも知ってるし、 山積みになった作業の前にしてドーパミンが出まくる心地よさも覚えている。

たまにあれに戻りたいとすら思うこともある。

でも今となってはその発想は賞賛できないということを忘れてはいけない。

もっと別の仕事がある。 それを望んで今のポジションにいるわけだから。

もちろん緊急対応でオペレーションを行うことはある。 だがそれは、決してでしゃばってはいけないし、 誰にも褒められなくて当たり前だし、感謝されなくても全然よくて、 むしろ決してドヤったりしないように(あるいは周りにそう思われないように)注意すべきだし、 とっとと本来の仕事に戻ることを意識しながらやらなければならない。

日本のような同質性を強く求める文化においては 「お偉いさんが現場に出るなんてなんてあったかい会社」というように美化されやすい。

これは大きな間違いだ。

「いや、それ(本来の)仕事さぼってるだけですから」というツッコミを入れなければならないのだ。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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