Q. 起業家と詐欺師は紙一重?

close up of human hand

「アクリル板1枚で4億円だったよ」と冗談ぽく笑うのは起業家のIさん。 彼はTech Crunchに登壇する際にまだ影も形もない製品のイメージを伝えるために小さなアクリル板を使ってプレゼンをしたのです。 結果的にはそれが非常にウケて、その後4億円の出資を受けることに成功しました。
彼は当然詐欺師ではないので、その後きちんと事業を立ち上げARの先駆者として今でもリスペクトを受けています。

しかし彼はその後、次の会社で似たようなやり方で資金調達したものも、事業立ち上げが上手くいかず迷走し、最終的には創業者CEOでありながら会社から放逐されました。
それをもって彼のことを詐欺師と言う人もいます。

一部それは彼のプレゼン力の高さが故だと思います。 多くの起業家は「できていること」と「これからやること」の境界が曖昧な話し方をします。これは別に悪意があってのことではなく、彼らにとってはその境界にはあまり大きな意味がないからです。 しかし言うまでもなく出資関係やそのスタートアップで働く従業員にとっては大きな意味があります。 そのギャップが明らかになった時にその起業家は「詐欺師」と呼ばれてしまうのです。

特にメディア情報の取り扱いは注意です。 そのような曖昧な境界に対して、メディアは基本的にセンセーショナルな方に印象を誘導します。事実を捻じ曲げるというようなことではなく、あくまで「そっちに取れる扱い方」をするだけのことです。 本来は前段で言っていた言い訳や補足情報を取り除いたり、一部を切り出したりするということです。 私は常にスタートアップ経営者のメディアへの露出は最低限にすべきだと考えています。 友好的なメディアで常に自分の言いたいことを取り扱ってくれるのであればそんなに有難いことはありませんが、大抵の場合で彼らは彼らの語りたいことを語るからです。 ここにもギャップが生まれます。 そのギャップは最初は小さなものですが、徐々に積み重なり十分に大きなものに育った時に真実とのズレが判明すれば、それはまた「詐欺師」と呼ばれます。

このような反意図的な、いわば被害者に等しい詐欺師呼ばわりが世の中ではほとんどですが、一部には悪意を持って詐欺師行為に及んでいるスタートアップ経営者がいることは否定できません。

例えばシリコンバレーではセラノスの話がとても有名です。 「一滴の血液から全ての病気がわかる」という強烈なメッセージで一世を風靡したエリザベス・ホームズが立ち上げた医療系スタートアップですが、数百億の資金を集めたものも全くそんな技術は確立できておらず実際は多くの検査を誤魔化していたことが判明した、という衝撃的な一大スキャンダルでした。 スタートアップに関わる立場からすると「勘弁してくれよ」という話です。要するに投資家の警戒心が高まることは確実でしたから。特に私は当時ヘルスケア関係に関わっていたためその思いは幾分強かったと思います。

しかしながら「人の振り見て我が振り直せ」と捉えるべき部分があるのは否めません。スタートアップに関わる人間にとっては多かれ少なかれ誰にだってそうだったのではないでしょうか。 例えば彼らのように大きな旗印を掲げること、それ自体はほぼ例外なく全てのスタートアップがやっています。 その時点で今すぐに可能なことばかりを言うスタートアップは見たことがありません。というかそもそもその会社はスタートアップとは呼ばれません。 可能かどうか、見込みはあるのか、と聞かれたらほとんどの人が「あります」と自信満々に即答しているのではないでしょうか。 市場規模などの数値を調べる時に、複数のデータの中から見栄えの良いものを選んでプレゼン資料に使っていないでしょうか。本当は他のネガティブとは言わないまでもあまり見栄えがしないデータは、そっとデスクに仕舞い込んでいないでしょうか。

エンジニアが「無理です。間に合いません」と言っても、外部に対して「間に合います」と言ってませんか? CFOが「年内に資金調達をしないと事業継続が難しい」と言っていても、取引先に「向こう2、3年は資金の問題はありません」と言っていませんか? まだ一度二度面談した程度の相手のことを「〇〇社と事業提携の話が進んでいる」と吹聴していませんか? それらのちょっとしたハッタリが、いずれステークホルダーも巻き込んだ問題に発展した場合、あなたは「詐欺師」と呼ばれる可能性があります。

一方、ハッタリをリアルにするのが起業家の醍醐味、という見方もあって良いと私は思います。 スタートアップ投資のプロはそこら辺のハッタリも込みで人材や事業を見定めています。プロ同士の駆け引きと言っても良いかもしれません。 しかし前述のセラノスは多くのステークホルダー(出資元や支援者)が医療もスタートアップも専門ではない「ただの権力者」だったことが悪質さをより一層引き立たせているように思います。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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