Q. 起業のとき親に金を借りるのが良いって本当?

delighted senior father and adult daughter hugging in studio

シリコンバレーで友人のMBA持ち経営者に言われてハッとしたことがあります。
「出資はワーストケースである」
関連してこのような言葉もあります。 「IPOは資金調達できなくなったら仕方なくやる」
これらはスタートアップ運営における資金調達について多くの示唆に富んでいます。

ビジネスはどのようなものでも重要なことはリスクとリワードのバランスの制御です。
こと資金については、お金に色は付いていません。羽も生えていなければ、強いも弱いもありません。 どこから引っ張ってきたとしても1円は1円です。したがって資金調達の手法選択は、リワードを保ったままリスクを極力低減する非常に大きなチャンスでもあります。

私は企業ファイナンスの専門家ではないため、ここではいくつかの簡単に理解できるレベルの話を挙げるに留めます。興味のある方はぜひ専門家に具体的な相談をしてみて下さい。

資金がなければ会社は運営できません。 その資金を獲得する方法を大別すると「借りる」か「何かと交換する」かです。 例えば起業の初期に自己資金を突っ込んだとしても、それを役員借入金で処理していれば「借りる」に該当しますし(例え創業者本人のお金でも)、それを資本金に組み入れて株式100%を保有しているのであればそれは「株式と交換した」ということです。 売上を上げることでもお金を作ることはできます。それは何かしらの資産を売却した、あるいはサービスを提供したということであればこれも結局のところ交換にあたります。

借りるケースであれば気になるのは例えば金利や償還です。金利が低く、償還免除期間や償還期間が長ければ長いほど、それはリスクをコントロールできていると言えます。

交換するケースであれば重要な点は「何といくらで交換したか」です。こちらは少々複雑さが上がります。 例えば極端な話、全く不要なものの代わりにいくらかの対価を得たのであればリスクはほぼゼロだったと言えます。しかし例えば将来的にものすごく価値が上がるもののを端金で手放してしまったとしたら、それはリスクとリワードが釣り合っていなかったという事態になりかねません。 ここで交換したものが製品やサービスであれば、それらはそもそも金銭と交換するために作ったものなのでビジネスモデルの設計で失敗していない限りリスクとリワードのコントロールはできていると見なすべきです。したがって問題はエクイティファンディングです。

「出資は結婚と同じだ。ただし簡単には離婚できない」と冗談ぽく言われます。 エクイティを渡すことのリスクはいくつもありますが、最も大きなものは言うまでもなく「経営権の所在」です。現経営陣の持ち株比率が下がれば下がるほど影響力が低減する懸念があります。そして最悪の場合は外部からの乗っ取りです。 経営者によっては持ち株比率をほとんど気にしていません。IPO時点で10%を切っている創業者は珍しくありませんが、プライベート段階でそれに近しいレベルまで行っている創業者は相当肝の座った人物であることは間違いありません。 またエクイティ出資を受けるごとにバリュエーションが上がり、それが過剰になることによって次の出資を受けづらくなるという問題があります。大金を出資する以上はそれなりの持ち分が欲しいわけですが、バリュエーションが上がると持ち分を上げるためには巨額を出資する必要があります。それは流石に払えない、誰にも払えない、となった時にIPOが最終手段である、というのが冒頭の考え方です。 株式を公開して市場にばら撒くということは言ってみれば恐ろしい数の多重婚をするようなものです。しかも会社にとってはその相手が誰だか知らないし、その人が何をするかもわかりません。そして拒否できません。

出資は多かれ少なかれのリスクがあることを考えると、冒頭述べたバランスに基づき「借りる」はどうなのだろうか?と考えるのが自然です。

多くの企業は借り入れで回っています。 出資は特にキャピタルゲインを重視する方からのお金なので、会社側にはエクスポネンシャルな成長を期待します。しかし世の中そんなにおいしいビジネスばかりではありません。 友人経営者のYさんは楽器教室および関連サービスを展開しています。設備ビジネスのため資金調達の基本は借り入れです。 「エクイティファンディングしたいんだよね」とよく相談されますが、私は借り入れできるのであればそれで良いとアドバイスしています。彼も「まぁそれはわかってるんだけどねぇ」という返答です。 見方によっては借り入れで回しているのは「平凡な成長」、出資を受けていたら「劇的な成長」を外部から評価を受けているということでもあります。後者にある種の憧れを持つ気持ちは経営者であれば皆同じようなものでしょう。 とても上手なCFOは借り入れと出資をバランスさせます。これはかなりのテクニックなので私ごときに容易に説明できるものではありません。

借り入れの面倒なところは「それはあくまで返すお金だ」ということです。当たり前ですが。 債務には償還期間=返す期間が設定されており、契約的にはその期間に返し切ることは絶対です。しかし現実には償還期間が終わる前に改めて借り換えをすることが多いです。 銀行にとっては貸し付けて返済を受けるという実績を積むことが重要で、それは「安定した貸し先には多く貸す」という行動原理に繋がっています。つまり安定した返済を続けてくれている会社であれば、仮に直近で返済資金が足りないのであれば追加で融資して、いっそのこと現在の債務は一括返済させて新たな融資契約を結ぶのです。 これは銀行との付き合いが長く安定的に続いていればいるほど、あたかも永続的であるかのうような幻想に取り憑かれます。しかし、実際には追加融資が打ち切られ、返済が求められ、そして倒産するケースが世の中には溢れています。 皆それを知っていますので借り入れには常に警戒心を持ってあたるのです。 一般的には企業は極力複数の銀行から借り入れることによってリスクを低減するよう試み、銀行はメインバンクを固定化しできる限り債務を一本化する方向へと誘導する、という綱引きが至る所で行われています。 シンジケートローンは後者の銀行主導の仕組み(作戦)のひとつと言って差し支えません。

さて、ここまで来ると両者のメリットデメリットがある程度理解できたのではないかと思います。
その上で、最強の資金調達法は?というとやはり「親から借りる」です。 まずエクイティを取られません。何も交換するものがありません。 借入金ではありますが、個人的な贈与として取り扱えば資本に組み入れることもできます(実質的な出世払い)。 無担保、低利子(場合によっては無利子)、償還期限の融通が極めて効きやすい。 ここまで好条件が揃った優良な調達方法はそうそうありません。

当然これは「シリーズAで◯億円調達」というようなフェーズの話ではありません。 超初期のプロトタイプを試作するための数十万、数百万の話です。 もしあなたが社会人で相応の貯金をしているのであれば、それをはたけば良いだけの話です。しかしもしあなたが学生で、投資家から100万、200万円を受け取る代わりに過剰なエクイティを渡そうとしていたら、すぐにそんな愚かな真似をやめて、いい日本酒でも買って実家へ帰ってご両親に相談して下さい。 経営者たるもの、リスクとリワードのコントロールのためには常に心血を注ぐ必要があると思います。 ご両親にプレゼンして、頭を下げて、多くの愚痴や罵倒にさらされながら、食い下がって食い下がってなんとか話をつけるということは「心血を注ぐ行為」としては全くもって生ぬるい話ではないかと私には思えます。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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