Q. 「スタートアップはスピードが命」は本当か?

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それは本当、なのですが、いくつかの周辺環境からみんなが逆算、逆算、逆算の歴史を積み重ねた末の「スピード」という選択であって、必ずしも「スタートアップ」という総体の定義の根幹にあたるようなものではないように私は思います。 以下に整理しましょう。

<同じようなことを考えているやつらが何組もいる>

以前500Startupsからサポートを受けていた友人が「同じバッチに少なくとも2チームはうちと同じネタに取り組んでいるやつらがいる」と言っていたのを思い出します。 他の項でも述べましたが、本質的に新規性が際立ったアイディアというのはそうそう存在しません。ということで、ほとんどの事業アイディアは他のカテゴリの類似性を応用したものだったり、新規の技術をどの領域に適用するかという程度のちょっとした工夫の違いであったり、今まであまり話題にならなかった市場に着目してそこに存在するニーズを満たすことであったり、天地がひっくり返るようなことではないのがほとんどです。 そうすると必然同じようなことを考える人がアメリカ中、世界中にゴマンといて然るべきでしょう。

では実際にそのサービスを導入する顧客側の気持ちになった時に「いま開発中で半年後にはβ版をお渡しできると思います」と言われるのと、「実装は一通り終わっていま評価に回しているところでして、もし評価版でよろしければすぐにこの場でアカウント発行します」と言われるのと、話がだいぶ違う。当然前者の彼らの方が良いものを作っているのかも知れないが、それは小さな差異であってなかなか伝わりにくい。そうすると後者の提案に「とりあえず評価するところまでならいいか」と乗ってしまうに違いありません。

また資金調達のシーンを考えても、ある知り合いのTさんは最初の出資を受けるためのプロトタイプを2週間で作った、と言っていました。なお最初に受けた出資額は7億で、その時点でメンバーはTさんとすぐにジョインする予定のCTOがひとりの2名だけでした。こんなスピード感でやるやつがいる中で「じっくりプロトタイプの完成度を上げてから投資家に持っていこう」なんて考えていると相手はその間に2周も3周も先に行ってしまいます。当然その数ヶ月後にあなたがTさんと同じような事業アイディアのちょっとクオリティの高いプロトタイプを持って行ったところで、Tさんに7億出資済みのそのVCは、まぁあなたの提案には正直ノーリアクションでしょうね。

<金が無い>

多くの場合でスタートアップ創業者はその時点では何者でもありません。ただの大学院生だったり、新卒3年目のサラリーマンだったり。 そうすると数万円の金であれば用立てることができても、数十万、数百万となると大きな困難が伴うはずです。

金が無い=時間が無い

人間生きていれば食うし飲むし寝る場所も必要なわけですから。

ベイエリアで最初に所属したスタートアップの、本当に最初のオフィスはピザ屋の2階の3人入ると一杯になってしまうような手狭なオフィスでした。Castro Streetを見渡せる角部屋だったのですが、向かいがインド人2名の会社でした。彼らはいつも電気もつけずにひたすら二人でディスプレイに向き合っていました。なんで知ってるって?彼らの部屋は常にドアが空きっぱなしだったからです。何故って?きっと電気代の節約だったのだと思います(廊下は冷房が効いてたから)。

ある日彼らが突然いなくなりました。出資を受けることが決まってもっと大きなオフィスに引っ越すということでした。結構感動的な話ですが、そんな話はスタートアップ界隈ではごろごろ転がっているわけです。

なおCastro StreetはMountain Viewエリアでは有名なレストラン街だったのですが、私は彼らが外食に出かけるところを見たことがありませんし、部屋でメシを食っているのも見たことがありません。

<ファンドの償還期限の話>

スタートアップとは切っても切れない深い関係にあるVC(ベンチャーキャピタル)ですが、彼らのファンドは一般に期限が設けられています。 そもそもVCはパートナーからお金を集めてそれを投資に回しています。集める時に「第◯号ファンド」というような言葉を見かけますが、そこには必ず償還(ファンドを解散して皆様にお金を返す)期限が設定されています。したがってVCはその期間までに結果を出すことが大前提となるわけです(例外はいくつもありますがここでは冗長なので書きません)。

スタートアップに出資する際にもその期限とにらめっこして出資先を決めなければならないわけで、つまり「償還期限内に結果を出してくれそうなスタートアップ=スピーディに勝負する予定を立てているところ」というのが当然ながら制約条件(大前提)になります。

当然世の中には様々なVCがいて色々な償還期限でファンドを組成していますので、スタートアップはそこから自分たちと相性が良さそうなところを選べば良いのですが、当然、短期に勝負するプランであればあるほど好意的に取られる確率は上がるわけで、皆それを知っている、という単純な話です。

よく「スタートアップは2, 3年でExitしなきゃいけないって本当?」という質問も受けることがありますが、その理由(背後の事情)は既に述べたとおりです。

以上に整理したようにスタートアップとスピードが本質的にMUST要件であるとは私は思っていません。しかしながら様々な環境要素によっておおよそ選択肢が狭まっていることは個人的には問題を感じます。

このポストの内容は以下の書籍の一部(原文)です。興味のある方はぜひ書籍をお求めください。

幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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