Q. 会社を立ち上げたら社員を揃えるべきか?雇用は控えるべきか?

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以前シリコンバレーである会社のCEOの振る舞いを見ていて「パワプロやってるノリだな」とこっそり評したことがあります。
当時その企業は立ち上げたばかりで、純粋なビジネスマン(非エンジニア)だった彼は構想とプレゼン資料のみで最初の投資を獲得していました。 そして当然ながら彼は自力で自分の構想を形にはできないのでエンジニアリングのスタッフを雇う必要があります。しかしそれがまぁスターばかりをかき集めるわけです。 みな大学はスタンフォードかMITかハーバードを出ていますし、シリコンバレーのいわゆる超有名企業でキャリアを持っている者ばかりです。

とはいえそれ自体はシリコンバレーではよく見かける光景でした。

私が見ていてひっかかったのは、その積極採用が例えば、試作品もまだまともに動いていないのに量産関連の超経験豊富なスタッフを高給で引き抜いてきたり、QAのエンジニアがずらっと並んだものもまだ評価する物がなくて手持ち無沙汰にしていたり、という点でした。
まぁとりあえず採っちゃうんですよね。とはいえ、これもまたよく見かける光景ではありました。

さて冒頭の質問に戻りますが、まず雇用が双方にとって持つ意味についてきちんと考える必要があります。

双方とは「雇用主」と「被雇用者」です。

雇用主にとって雇用のメリットとは「コミットを高めること」ではないかと思います。 例えば、雇用契約が存在する人は明日突然来なくなるような確率は低いと考えられますし、プロジェクトの途中で突如契約解除を求めてくるような確率も低いと考えられます。 最近は時短も主流となってきましたが「フルコミット」を要求することができます。要するにフルタイムで「メインの仕事」として働くことです。

特に初期のスタートアップにおいてはまさに「昼夜を問わず」になることが当たり前のようにあります。その時に「私は月80時間コミットする契約なので」といなくなられてしまうと困る、という状況は容易にイメージできるかと思います。

一方被雇用者にとっての雇用のメリットとは大きなところで「保障」ではないかと思います。 特に日本では一度雇用状態になるとそう簡単には解雇できません。それなりのプロセス、例えば仕事のパフォーマンスに対する指摘をして上で期間を設けてそれでも改善がない場合は、とか、周囲に与える悪影響を再三書面で警告した上で、とか。きちんと評価とフィードバックと機会を与えた上で、場合によってはそこから減給等の処分をした上で、それでもどうにもならない時に解雇、というのが通例です。

それ以外の場合は人事部なり上司なりからの圧力はあったかもしれませんがあくまで扱いの上では自己退職になっているはずです。 またこれはアメリカの例ですが、アメリカは医療保険が本当に目が飛び出るほど高いのですが(私は一時期個人で払っていたのでよくわかります)会社に所属していると会社が団体で割引き価格で入り支払ってくれるのが一般的です。日本にもありますが福利厚生が保障としてとても重要なファクターを占めています。

さて、双方のメリットは上記に示すことができましたが、続いてデメリットについて。

雇用主にとっての雇用のデメリットは「経営の柔軟性が下がること」です。 私の経験上、雇用は最も高いリスク、最も慎重になるべき課題だと思っています。 まずは固定費が増大します。そしてその固定費を微調整することがとても困難になります。特に初期のスタートアップでは事業戦略面での大幅なピボットが珍しくはありません。iOSのエンジニアとして雇われたものも、会社の方針転換によって明日からAndroidで実装しなければならなくなる、なんてまだまだ軽傷。エンジニアが営業をやらなければならなくなったり、経理担当が一時的にデバッグチームに混ざったり、英語が全く話せない人間が海外担当になったり。もう滅茶苦茶です。

それでも配置転換によってどうにか回るようであればまだ救いようがあります。場合によっては不要になる人材もいるということです。当然無駄な給料を払うわけにはいかないので穏便に辞めてもらうことになるのですが、それにもまたコミュニケーションコストがかかります。アメリカでは要請に従って自主的に退職する者にはパッケージ(追加的な社会保障や無労働で提供される短期的な給与など)がつけられることがよくあります。これも手痛い出費です。

被雇用者にとっての雇用のデメリットは実はさほど見当たりません。 副業OKの会社であればサブプロジェクトを持つことに問題ありませんし、日本でもジョブホップはさほど珍しい話ではなくなってきましたし大きな問題はないように思います。 とはいえ必ず一定時間の身柄を拘束されることに対してそれ自体にネガティブな感情を覚える方もいるかも知れませんが、現実問題それ(献身)によって得られるメリットの方が大きく上回るのではないでしょうか。

初期のスタートアップにフォーカスを直すと、色々なものが不確定な時期であり、柔軟性をキープする意味でも安易に雇用を増やすことはあまり得策とは言えません。 また雇われる側にとってもいつ倒産するかわからない会社にフルタイムで関わるよりは、どこかに軸足を置いたまま副業的に関わる方がリスクが低いです。 結局のところ「どこでアクセルを踏むか」という課題に対する考え方に収束するのだと思います。 もしずっと雇用する人間がゼロのままでは、会社の事業を安定して継続的に回し続けるということをパートナーや顧客に対してコミットするのは極めて難しいと思います(少なくとも相手からは疑われます) 逆に初期に雇用を増やし過ぎて、そのサンクコストのせいで経営判断が歪むようなことがあったら本末転倒です。

事業を進める上で必ず「ここが勝負どころだ」と思うところがあるはずです。(ちなみに「毎年が勝負どころ」というのは私はあまり好きではありません)そのタイミングで採用を増やし、チームをスムーズに増強できるように初期から計画性を持って組織を作っていくというのが理想的です。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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