大人の仕事は『出口の準備』だという話

投稿者: | 2月 16, 2021

先日初の『大学非常勤講師』としての半年が終わりました。
いわゆる想像されるような分厚いテキストを使ってあれこれと講義して生徒が板書するような授業ではないため、ある程度気楽に取り組ませていただきました。準備とサポートに奔走されているスタッフの方々に感謝です。

若者と直接触れることによってご多分に漏れず多くの刺激と発見がありました。軽く列挙させてもらうと、

・学生のことなんて自分は全然わかってないなと実感(想像はしてたけど)
・真面目な学生が多い大学であっても突飛な発想を持った者は沢山いる
・学生は「醸成させる」ということがほとんどわかっていない
・若者はおっさんの干渉を嫌う(くじけるな、自分もそうだったじゃん)

なんてことを思ったりするわけです。
少し整理すると、授業内容は最終的に商品やサービスの企画を立ててプロトタイプを行うというものでした。学生からは自由な発想と独自の視点から様々なアイディアが出てきます。それに対して私はコメントをつけ、アドバイスをし、必要に応じて体系的な知識を彼らにインプットする、という形式です。実装の技術的な手法の話もあれば、アイディアそのものの出し方に対する指導、事業計画の立て方の基礎、そんな話をします。
そうすると、本当に、大半の大人であれば笑い飛ばして(あるいは苦笑で)終わらせてしまうようなことを言い出す学生がいます。しかし私はそういう意見にむしろアンテナを張り巡らせています。
逆にあるチームの『よくできた提案』には「まぁ日経BPか東洋経済でも読めば書いてあるよね。そんなこと」と言い放ったりもしました。(ごめんね)

独自の視点、ぶっ飛んだ発想を恐れずに実行に移す無知、これらは極めて貴重なものです。歳を取ると失われる、なんてつまらないことは言いたくありませんが、経験を積み過ぎることによる弊害、とは明確に言わなければならないかなぁ。
実際、若者あるいは門外漢あるいは王道から踏み外したアウトサイダーが停滞していたマーケットに衝撃をもたらし新時代の道を切り開く事例など歴史上枚挙にいとまがありません。

いやーこりゃすごい。と思う一方で、学生が持っている圧倒的な欠陥にも気付いてしまいました。彼らは「この後に何があるのか」がわかっていないことが極めて多いのです。
それは未来予測とかそういう大仰な話ではなく、単に「テンプレを知らない」ということです。プロトタイプを作ってみた、動くぜ、かっこいい、こりゃ欲しい、、、で?アプリ作ってみた、楽しい、こだわって作ったしね、、、で?

誤解のないように言っておくと、彼らは非常に優秀かつ地頭がいい学生です(卒業生の私が保証します。笑)当然テキストブックを読むだけではなく、参考になる文献も自力で読み漁り、ネットで検索し、的確に情報収集し、『知ってます』

でも『実感』としては何も知らないのです。

チャレンジと失敗にまみれている私がそんな彼らと相対すると、こうすればいいじゃん、次はこうしなよ、これチャレンジしてみたらいいよ、Long Termにはこういうことがあるって投資家に言えばいいんだよ、短期的にはこれを潰すまでは進んじゃダメだよ、、、とまぁ言い出したらキリがないほど言いたいことが次から次へと出てきます。

しかし、おっさんの干渉はやはり、残念ながら、若者にはあまり歓迎されないものです。

いいんですよ、それで。だって私もそうだったもの。

彼らには自分の足で立って、自分の足で走って、そして自分の足で躓いて身体ごと投げ出して思いっきり転ぶことが大事なんです。そうやって強く逞しくなりいずれ彼らは私たち前世代の人間を余裕で圧倒的に超えていくわけですから。そう期待したい。

嗚呼、大人はなんて無力なんだろうか。

なんてことは言いません。大人には大事な仕事があります。
それがタイトルに書いた『出口の準備』です。

若者は得てして1ステップ後、せいぜい2ステップ後までしか見えていません。しかもその想定を外していることもとても多いです。場合によっては次のステップのことを一切考えてすらいません。
一方大人は2ステップどころか100年続く永続性の作り方を夢想し日々トライする習慣があります。(むしろそれがおっさんのシルシ)

じゃあ伴走するか?というとある部分においては違うと思うのです。

丁寧な伴走は様々な小さなかすり傷の機会を奪ってしまいます。ストレスでまぶたがピクピクするほど悩む機会も奪ってしまうし、深夜布団に入ったところでとんでもない間違いに気付いて飛び起きてそのあと徹夜するような機会も奪ってしまうわけです。

私には4人子供がいますが、彼らに接する際に実は同じようなことを考えます。恐らく実際幼い子供を持つ多くの親は同じようなことを思っているのではないでしょうか。
子を守ることは親の役目ですが、もし親があらゆること子に与えてしまうと、子どもは巣で口をパクパクあけてる雛鳥のままです。親鳥が適切な時期に適切なハードルを設置して、それを無事越えたり、越えられなくて葛藤したり、諦めて挫折したり、また立ち上がって再チャレンジしたり、、、それらを繰り返すことでいずれ自分で目標やハードルを設置して自らの意思でそれに向かって取り組めるようになっていきます。(と期待しています)

ビジネスや開発、起業においては設置すべき重要なハードルは『出口』です。これは、必ずしも会社としてのいわゆる『Exit』だけではなく、商品やサービスを『出す』ということ、あるいは何かしらのコンペティションに打って『出る』ということなど、様々なフェーズにおけるゴールあるいはマイルストーンのことも意味合いとしては包含します。

例えば、とあるビジネスプランの提案が現状すぐにビジネスにするのは困難で、もう数年の研究を要するものだったとします。基礎理論は確立されているものも実証あるいはデータが足りず、今焦って進むよりも少なくとも1, 2年あるいは3年程度の研究成果を上乗せした方がよりバリューが見込めるとします。彼らは現在大学院生。
というような状況で打てる選択肢はどんなものがあるでしょうか?

・そのまま研究室で地道に研究を続ける

パッと出るのはそんなところでしょうね。指導教官も賛成してくれそうだし上手くいきそうに思えます。しかし、人によってはこれは「諦め」に映るかもしません。他人がどう見るかという話ではありません。提案者本人がどう思うかです。少なくても見た目上今と何も変わりませんし、数年後に再びアクセルを踏むというストーリーだとして、そのタイミングはいつなんだろうか?本当にそのタイミングは来るんだろうか?
アイディアがある。絶対上手くいく。それならアクションを起こすべきは今なんじゃないか?チャレンジすべきは今なんじゃないか?

そう思っても当然です。

その時、色々な別の出口を示してあげるのが大人がやるべきことではないでしょうか。研究を続けるにしても、パテントなど権利のことを考えると現時点で大学から切り離す方法を考え行動を起こした方が良いかも知れません。また仮に研究主体が大学のままだとしても、共同出資で外部に会社を作って研究成果をそこに移転するような契約を結んでおくべきかも知れません。資金についても従来の科研費に頼るだけが選択肢ではありません。経産省や環境省、ネタ次第では様々な助成金プログラムが存在します。仮にAMEDやNEDOなどで何かにひっかかることができれば、通常手にするグラント額の一個上の桁の資金が手に入ることも珍しくはありません。場合によってはDARPAのような研究関連への出資に太い海外の機関にチャレンジすることも良いかも知れません。(事実東大初のスタートアップで一時Googleに買収されたシャフト社はDARPAのプログラムで資金を手にしていますね)

それぞれの目標、モチベーション、パッション、それらに従って適切な出口を設定してあげれば良いのです。上記のことがスラスラと言える学生は恐らくほとんどいないと思いますが(人生何周目?)私と同じことが言える大人は恐らくそこら中にゴマンと居ます。

また仮に「それすぐに製品にすればいいじゃん」と思えるようなアイディアの場合、より一層学生にとっては状況が厳しくなります。製品やサービスをリリースすることに熟練した魑魅魍魎たちがいる『マーケット』という戦場にいきなり挑むには、彼らはあまりに様々な知識や経験が不足しています。
そんな彼らをサポートし導く上で、スタートアップのエコシステム上では特にエンジェル投資家や顧問などのアドバイザーなどの存在が重要だったりもするわけですが、学生の彼らは『そんなこと知らない』し、『そもそも適材と繋がっていない』わけです。

これは大人であれば誰でも、とはいきませんが、多くの場合で大人は1 hop, 2 hopで人間を繋げることを知っています。ビジネスの上ではリファレンスが重要だと言われます。俗っぽい言い方をすれば人脈、「あなたのFacebookのプロフィールよりもあなたが誰から紹介されたかの方が信用に足る情報である」と喩えて言えますかね。
「まぁ取り合ってくれるかどうかはおれは知らないけど、この人に聞いてみたら?」というくらいの紹介がちょうど良いですかね(ほら、おっさんの過干渉は嫌われますから。笑)

彼らが抱えた小さな迷宮、長い旅路の1stステージにおける一個目の出口をそっと置いてあげるわけです。

そんなささやかな貢献が、ささやかな刺激と活力をくれた彼らへの、ぼちぼち妥当な対価というものでしょうか。(だっておっさん自身にだって刺激も活力もあるもんね!笑)

大学でどのような貢献ができるのか、若者に何が渡せるのか、自分ができることの限界なんてどんなものだろうか、そんな興奮も徒労もごた混ぜにしたチャレンジがしばらく続いてくれるといいなと今は思っています。