Q. 専門性を活かすキャリアとしてスタートアップは選択肢に入るのか?

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スタートアップには案外様々な人がいます。 若く野心的でパワーに溢れ、見るからに「スタートアップにいそう!」という人もいれば、どう見ても普通のサラリーマンのおっちゃんにしか見えない人もいます。

会社によっては「うちは飲み会やっても全然人が集まらない」というようなスタートアップもあります。メンバーの平均年齢が高く、家庭があったり子供が生まれたばかりだったり、あるいは社交性が低く職人気質な人たちばかりで構成されているようなケースです。パリピ感ゼロです。 いわゆる若者たちが集まって夜遅くまでワイワイやって土日はみんなで野外でアクティビティをやっているような、一般的なステレオタイプなイメージからはかけ離れた実態のスタートアップがむしろ沢山あります。 そのような会社を私は「傭兵スタートアップ」と勝手に呼んでいますが、ここでは非常に割り切ってスタートアップに所属していた友人Hさんの話をします。

彼は30代前半でとあるスタートアップに転職しました。彼の専門はファイナンスで、シリコンバレーで監査法人にいたキャリアも持ちます。彼はジョインして数年後にCFOになるわけですが、SOを受け取っていません。勿論生株も持っていません。 つまりその会社に対してキャピタルゲインを一切持たないままCFOとして所属していたわけです。 これは正直なかなか聞いたことがありません。 彼が言う理由は「僕にはそこまでの価値がない」「いずれいなくなるから」「キャッシュでもらっておいた方がスッキリする」「SOや生株が無い方がきちんと言いたいことが言える」というものでした。

「いずれいなくなる」というのは、そもそも彼の自己評価として「僕は0から1を作ることが苦手。またスキル的に100億以上の調達は難しい」というものがあって、つまりスタートアップには途中ジョインしてある程度大きくなったら途中で抜けるのが「お互い好ましい」と思っているということです。これは非常に冷静な自己分析と後ろ髪ゼロの割り切り。これを聞いた時には率直に感心しました。

そして「SOを持っていない方が良い」という言葉には多くのスタートアップに所属している人やそれを志す人たちはきちんと耳を傾ける必要があります。 キャピタルゲインを持つ弊害は、キャピタルゲインを持つことそのものです。 特にSOは持っているだけでは何にもなりません。キャピタルゲインを発揮させるためにはIPOなりBuy Outすることが必須になります。その時になって初めてSOは現金かできます。 彼は「それは必ずしも正解とは限らない」ということを言っています。私も大いに同意します。

例えばIPOについては二極的なパターンに陥りがちです。 「もう資金調達ができなくなったのでIPO」と「IPOできそうだからIPO」です。 前者はある意味健全なIPOと言えると思います。バリュエーションが大きくなり過ぎて、次の資金調達のラウンドをやろうにも必要な金額が多く、誰も投資できない状況です。それであったら市場調達にしよう、という判断はほとんどの場合で妥当です。たまに倒産しそうな企業がラストチャンスに賭けてIPOするようなケースもありますがそれは稀ですかね。

問題は後者です。IPOは非常に労力がかかる作業です。お金もかかります。やろうと思ってすぐできることではないので時間をかけての事前準備が必要です。多方面な人たちと会って相談して協力を取り付ける必要があります。 そして多くのIPO経験者が似通ったコメントを口にします。 「あの時期(IPO準備の間)うちのサービスの質は下がった」 結局その後期待した成長曲線は得られず「上場ゴール」なんて呼ばれたりする羽目になるケースも少なくありません。 もし自社にそのようなストーリーが見えたら、IPOの流れに反対するのが内部の人間としての然るべき対応です。 しかしSOなどを持ってしまうことで、「IPO=直近の個人的収益」の図式が完成し、都度の正しい判断ができなくなる恐れがあるということです。 本来、理想的に言えば、そこは鉄の意思を持って「会社のためにならんことはやらん!」と言えればカッコいいのですが、人間なかなかそこまで強くは振る舞えません。「僕もそうだ」とHさんは言っているわけです。

スタートアップに勤務することで最終的にキャピタルゲインを得ることは、確かに皆が憧れるストーリーですし夢があります。 当然ほとんどの人が夢破れるわけですが、僅かな人がそのハーベストに至ることができます。 しかし現実として、仮に創業者ではなく社員としてスタートアップに途中参画するような形では、得られるキャピタルゲインは「ボーナス全く貰ってなかった分まとめて貰った」という程度になるのがほとんどです。 YouTubeがGoogleに買収された時に社員全員がミリオネラになった、という逸話は有名ですが、これはあくまで世界中で何年かに一度あるという程度の極めて稀な話でしかありません。

ここで冷静になってみましょう。 スタートアップに参画する魅力は決してそれだけではありません。 そもそも何故上場ゴールはダメなのか?それはステークホルダーの一部しか幸福になっていないからです。特に顧客と従業員が蔑ろにされています。 しかし、むしろ本来は顧客と従業員を向いて会社は存在するべきです。 スタートアップで非常にエキサイティングなのは、それら「優先すべき」ステークホルダーとの距離感の近さとコミットメントの高さです。 特に専門性に誇りを持ち、良いところも悪いところも自己評価を持っているHさんのような人にとっては、その「自身のバリュー」を極めて直接的に実証する非常にやりがいのある日々になるのではないかと思います。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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