All or Nothing ~アーセナルの再起~

Amazonオリジナルコンテンツの『All or Nothing ~アーセナルの再起~』を欧州へのフライトを利用して一気に観た。

2021/22シーズンはアーセナルにとって変化のシーズンだった。そういう意味でこのタイミングのアーセナルを題材にした目の付け所はスゴい。

変化のシーズン、という言い方に留まるのは【2年連続8位】から【惜しくもチャンピオンズリーグ出場を逃す5位】とどう捉えたら良いのか微妙なフィニッシュとなったからだ。 躍進?飛躍?復活?どれもしっくりこない。

しかし大きな『変化』が確実にあった。そして2022/23シーズンの立ち上がりを見ればアーセナルの躍進、飛躍、そして復活を誰もが確信しているはずだ。
まずはあまりアーセナルに詳しくない人のために簡単に21/22シーズンでの出来事をサマライズしておこう。

<最悪のスタートからの>

三連敗でのスタート。4連敗したらプレミアリーグ始まって以來初という状況。 それを救ったのが新加入のアーロン・ラムズデールと冨安だった。 4戦目は私もリアルタイムで観ていたが、明らかに守備に安定感があった。得点は若干ラッキーなものだったが、あの守備ができているチームが負けることは考えにくい。

<得点力不足からオーバメヤンの離脱>

最下位のスタートから中位に戻し、チェルシーとのアウェイゲームを制したりしたものも、いまいち勝ち星がサクッと積み上がらない。理由は明白にFWの得点力不足。 スミス・ロウやウーデゴール、そしてサカがチームを牽引する。 その中で怠慢とも取れるプレーを続けていたオーバメヤンが規律違反(離脱から合流予定を勝手に遅らせる)をし、アルテタとの関係性が大幅に悪化する。 最終的にオーバメヤンは冬の移籍市場でバルセロナに放出される。 チームで90ゴール以上をあげてきたベテランレジェンドの移籍(しかも円満ではない)をセンセーショナルに感じた人は多かったはずだ。

<怪我による離脱で波に乗り切れない>

冨安、ティアニー、トーマスなどが次々と怪我で離脱する。 エルネニーは奮闘したが、セドリック、タバレスの両サイドバックはレギュラー同等のパフォーマンスが示せなかった。特に守備において。 下位相手に三連敗するような失態もあり、チャンピオンズリーグ圏内から脱落した。

<トッテナムとの直接対決に敗れ万事休す>

しかしラカゼットやエンケティアなどトップ陣の健闘が光るようになり、ラムズデールが不在の試合で元正GKのレノが活躍し、ホワイトが不在の試合ではホールディングが活躍するなど、どうにか持ち直して4位で5位トッテナムとの直接対決を迎えるところまで来たが、そこで敗れ勝ち点は逆転。残り1試合で万事休す。

長年のアーセナルファンとしてとても残念ではあったけど、来季への希望が物凄く見えるシーズンだったことは間違いない。 シーズン中、私がSNSで連呼していたフレーズが「アルテタが名将に見えてきた」だったのだが、本当に名将の座に右手の小指くらいかかりかけてきた。

さて、ここからがAll or Nothing本編を観て思ったこと。

<サカの葛藤>

欧州選手権での出来事(サカがPKを外して負けた)は知っていたけど、正直そこまで意識していなかった。 開幕当初はペペ(金食い虫)が出ることも多かったし。 しかしサカはまだ19歳。自信を大きく失っていたサカにアルテタが父親のように寄り添う姿がとても印象的だった。 チームスタッフが「アルテタはとても選手と多く話すようになった」と言っているひとコマもあった。

<情熱的すぎるアルテタ>

多くの試合のロッカールームの様子を映しているのがこのシリーズの特徴で、 試合前にどのようなことを監督や選手たちが話しているかが詳細にわかる。 まぁアルテタのメッセージは熱い。 とにかく

  • ワンプレーワンプレーを大事にできないやつはクソ野郎だ
  • ハイプレスで行け、行けないやつはピッチを去れ
  • レベルを上げろ、今日一段上のレベルに行け

こういう趣旨のことを身振り手振りで訴えまくる。 ホワイトボードに絵を描いて伝えたり、みんなで手の体操をしながら伝えたり、結構色々なことをやってるので感心した。

「今日からこのエリアで相手からボディコンタクトを受けたやつは罰金だ」と試合前にサラッと言うのも面白かった。 球離れを良くするゾーンを設定するという話なのだけどね。

<アルテタは選手を守る。フロントはアルテタを守る>

酷い負け方をしたあとのロッカールームで 「お前らの今日のプレーを私は受け入れられない(机をバンバン叩いたりボールカゴをガンガンやりながら)  でも外のこと(メディア対応)は私に任せろ。それは私の責任だ。お前たちのことは私が守る」

取締役は表に出ることはないし負けたら叩かれまくるだけ。 反論のチャンスもない。自分で試合をどうこうすることもない。そんな立場だ。 クラブハウスでアルテタとランチをしながら

「とにかく僕たちは君(アルテタ)の味方だ。雑音はどうでもいい。それだけは忘れないでくれ」

と優しく声をかける。このひと胃に穴が開くんじゃなかろうかと思った。

<オーバメヤン移籍までの裏話>

スタッフたちの会話も多く取り扱われている。 特にオーバメヤンが規律違反で離脱し、別練習をしている時の沈んだやりとりが興味深い。 当初フロントはオーバメヤンの放出は無理だと考えていた。年俸が高過ぎるからだ。 レンタルなら話はつくかも知れないがチームとしてそれは望んでいない。 ベストは双方合意での契約解除(フリーになること)だ。 オーバメヤンがバルセロナに勝手に売り込みに行った時もフロントは知らなかった。 その後バルセロナからレンタルでオファーが来たため突っぱねるが 最後の最後、締め切り4時間前に完全移籍でのオファーが届いて、 そこから書類を大急ぎで仕上げてリーグに提出する、というバックオフィスの戦い、なんてひと幕も。

<だいたいスパイクを叩きつけるジャカ>

フィールドでも気性の荒いジャカ。ロッカールームでも負けると大抵スパイクを床にガンガン叩きつける。 でもそんなジャカが「おれまだ28歳なのにベテランなんだぜ、このチームでは。責任を感じてるよ」と2人の娘と遊びながら答える姿。 「叩く奴らは何かにつけて叩く。おれも一人の人間だってことを忘れてるんだと思う」 はい、、、すみません、叩いてました。だってさぁ。

<若手の成長>

考えてみたらマルティネッリもエンケティアもシーズン前には活躍なんて全くイメージしていない選手だった。 でも彼らが一年の中で回ってきたチャンスをものにして階段をかけ上がるように劇的に成長していくのがわかる。 アーセナルはとびきり若いチームだ。でもそれが「成長」という武器によって1シーズンで大きな変化をもたらした。 やっぱこれって「名将アルテタ」なのだろうか。目利きは間違いないということか。

<エルネニーのラマダン>

エルネニーが絶食をしている時期のドキュメンタリーはなかなか興味深い。 医療スタッフが筋肉量を厳密に測定して体調を崩さないように管理する。 結果的に筋肉量が増えて身体のキレが良かったりもするから面白いものだ。

<家族の支え>

強いプレッシャーとストレスにさらされる選手にとって家族の支えは極めて重要だ。多くの選手で似たようなエピソードが出てくる。

調子の良い時に良い言葉をかけて、調子が悪い時に離れていくような人の言葉に耳を傾ける必要はない。
良い時も悪い時も常に一緒にいてくれた人、それが家族だ。
だから家族の言葉には必ず耳を傾ける。

確かラムズデールだったかな。

<冨安はテレビ映えしない。笑>

ほとんど出てこない。日本人が思っているほど「チームのアイドル」というわけではないのだろう。 それはそうだ。アーセナルにはイングランド代表の期待の若手やフランス、スイス、スコットランドなど 近隣諸国の代表クラスがゴロゴロいる。ブラジル代表もだ。 もっと活躍してチームの中核になってこないと、こういうドキュメンタリーには出れないぞ。

<アルテタの成長物語だった気がする>

とにかくアルテタはサッカーを愛している。 奥さんが「家にいるときは24時間365日書斎でサッカーを観てるわ」と呆れ顔で言う。 プレミアリーグ最年少監督というと聞こえは良いが、正直不甲斐ないシーズンしか送ってきていなかった。 若いチームは崩れると脆い。クリスタルパレス相手でも0-3で負けてしまう。 自分でやるのとは違う。良い選手を引っ張ってきて良い戦術を授ければ良いというような単純な話ではない。 どうやってファイトし続ける集団を作るか。 どうすればみんなが強い自信と確信を持って戦うことができるか。 葛藤は深い。

しかし21/22シーズンを振り返るとアルテタが思い切ってスタメンをいじった時は大抵良い方に向いた。 これは控えのメンバーを普段の練習や生活からいかにきちんとケアできていたかという証明なのだと思う。 そうやって刺激を全員に与えながら、スタメン固定的にならず、チーム内での純粋な競争と成長を促進するということが シーズン途中から徐々にできるようになっていったということなのだろう。 大したマネージメント力だ。

やはり名将に近づいた?その証明は2022/23シーズンへと繋がっている。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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