Draw Down〜地球温暖化を逆転させる100の方法〜についてメモ(農業部門)
『Draw Down』はアメリカのライターが主導し、世界各国の研究者たちが寄稿したプロジェクト的な書籍である。
「ドローダウン=二酸化炭素が減少に転じること」のためにできることを、現状行われていることの展望と未来の技術の紹介の大きく2つに分けて示している。
特に「現状の理解」は私個人多くの項目の詳細を知らなかった(あるいは認識すらしていなかった)ため衝撃的だった。社会人必読書と言って良い。
しかし400ページ超の2段組ということで実質的なボリュームは一般的な単行本でゆうに3冊分あり、割と読むのが早い私でも読了に1ヶ月以上かかった。
ここではある程度エッセンスを抽出して整理したいと思う。
兎にも角にも「全体感」を掴むにはうってつけの書物だ。
農業部門について
私は個人的には農業部門のポテンシャル(やるべきことが全然できていない)に大きな衝撃を受けた。
食肉
家畜由来の温室効果ガス排出は化石燃料に次ぐ2位で、森林伐採、食料廃棄などを合わせると1位になる。 反芻動物がメタンを作り出すということは近年広く知られているが、特にアメリカでは巨額の畜産補助金が投じられそれに支えられている。 もしそれらが無ければ食肉は「たまのごちそう」だった筈なのだ。 今では北米では平均一人当たり1日90gのタンパク質を取っていると言われる(健康的な目安は50g)
食糧廃棄
食糧廃棄は生産量の1/3。それにもかかわらず8億人が飢餓状態。 食糧生産には当然化石燃料の使用やCO2を排出するプロセスが含まれているがそれらの1/3が無駄という意味。この無駄の量を国に例えると排出量で上回るのは米国と中国のみという規模感。
例えば窒素肥料を使用すると亜酸化窒素の発生源になる。 窒素肥料生産には実に総エネルギー量の1.2%が使われているが、大半は温室効果ガスの亜酸化窒素として大気に残る。あるいは海洋に流れて藻類の大繁殖、酸素欠乏、魚の大量死を呼ぶ。
低所得国ではサプライチェーンの整備不足による意図しない廃棄がメイン。 高所得国では意図した(回避可能な)廃棄が発生している。
多層的アグロフォレストリー
複数の作物や植林を層にすることで保水力を高め炭素蓄積の効率を上げる。ついでに食物も採れる。
例えばコーヒーの基本は日陰栽培(品質はこれが一番) 日向で育てると沢山採れるが劇的に土壌を悪くしてしまう。 しかし多層農法の中にコーヒーを混ぜるということをやればある程度の永続性が確保できる。
家庭菜園は古くからの多層的アグロフォレストリーと言える。 家庭菜園は、専門家の突出した知識やスキルがなくても「自分の飯くらいなんとかなる(太陽がある限り)」と気付かせてくれる。 原子力やエタノールは解決策ではなく新たな問題を生むだけだ。
多層的アグロフォレストリーは湿気が高い土地が必要で、初期コストがかかり(機械化が困難)、回収に時間がかかる(瞬時的な収穫量では他の農法に負ける) しかし確立すれば、天候変動に強く、森林伐採の抑制に効果があり、炭素の回収能力も高く、また0.02calのエネルギーを使用して1calの栄養を作り出すことができ、この性能は群を抜いている。
なお「農業はチープエネルギー頼み」だと言われる。 実際1calを生産するために10calの化石燃料を使っていることがあるのだが、理由は単純にその方が経済的合理性があるから(エネルギー収支はあっていなくても経済的収支が合っているという問題)
ザイ農法
ブルキナファソで自力でアグロフォレストリーにたどり着いた農民たち。 穴を大きくして堆肥を入れると収量だけでなく木が増えた。 葉っぱは落ちるとマルチ(湿気を保持するためのビニールカバー)の代わりをする。 木を雑草ではなく資産として見る(時に売る) 木が増えれば増えるほど豊かになり、家畜の餌になり、野生動物も増える。 ブルキナファソは歴史的にヨーロッパから気まぐれに最新農法が持ち込まれる歴史が繰り返されたが、結果的にそれらは敗北し、地域住民たちのやり方が正しいことが証明された。 マリやニジェールなどでもアグロフォレストリーは普通のことになっている。
環境再生農法・環境保全農法
基本的な考え方は近く、日本では「自然農法」と言われる。 放棄された土地の再生する場合は環境再生農法。
耕さない。 18世紀以前、畑はほとんど耕されていなかった。 1970年代になって耕さない農耕法が出てくる。 耕すと土からメタンが出る。土地が炭素を留めることができなくなる。 炭素が土壌に吸収されると、微生物が増え、土質が良くなる。ミミズが穴を掘って養分の吸収か高まり保水性が上がる。植物の栄養状態が良いと害虫に強くなり肥料が要らなくなる、という考え方。 ただ耕さずに種を巻き、収穫の残渣はそのまま残すかそこに被覆作物を植える。 被覆作物を植えると日を遮って雑草を抑制する。
農家に受け入れられやすく、すぐに成果が出やすいが、農場によって作付けの種類も、輪作、間作のやり方も、除草剤をちょっと使うか全く使わないかも、それぞれでイマイチモデル化されていない。 保全農法では肥料も除草剤も使うことがある。
環境再生型農業は生産性と収益性の両面で現状を上回ることが既にわかっている。そして環境に良い。
シルボパスチャー
森林で牛を育てること。4000年前からイベリア半島ではやられていた。 森林は同じ面積の牧草地の5〜10倍の炭素を隔離できる。 森林を放牧地として扱った方がむしろ土壌が良くなり堆肥や除草剤もいらなくなる。 違和感があるかも知れないが事実。木は牧草の成長を妨げるという偏見がなかなか取り除けない。
シルボパスチャーは間作林のバリエーションのひとつと言える。
堆肥
堆肥化によってメタン排出は回避できる。堆肥化はごみが宝になるようなもの。 植物廃棄物はEUで57%、米国で38%が堆肥化されている。 ハーバーボッシュ法による窒素肥料の作成は農業にとって画期的だった。しかし当時古典的な堆肥を推してハーバーボッシュ法と対立したハワード卿という人がいた。
デンマークは有機物の埋め立てをやめて25年経つ。
多年生作物
一年生作物は毎年炭素を大気に放出する。 ブドウ、バナナ、アボカドなどは多年生。土壌を傷めない 一年生作物の方がヘクタールあたりの収穫栄養価は高いが多年生でも色々組み合わせれば同等にできる可能性がある。
耕す必要がない、天候の変化に強い、乾燥に強い種類も選べる、斜面でもOK、多年生作物への移行はコストがほとんどかからない。
一年生作物や米の栽培は1万年前の氷河期が終わった頃から。 一年生植物は根も枯れて種のみが残る。 多年生植物(ゴマ、アブラナなど)は根は生きているし種も残る。
多年生植物は成長の過程で炭素をあまり使わない上に炭素を隔離する
多年生の欠点は機械化がしづらいこと(コンバインでざっくり刈り取りできない)
土壌微生物
19世紀、化学肥料や農薬、20世紀になってからは遺伝子組み換えと、それがなければ無理だと信じられていた。 そして収量が増えたのは事実。 しかし地中の微生物の活動が全く知られていなかったから、土壌が痛むということがわからなかった。
17世紀、ファン・ヘルモントの発見まで植物は土を食べると考えられていた。 19世紀初め、ニコラス・テオドール・ド・ソシュールが光合成を発見。 土からは必要な5大要素、水、二酸化炭素、窒素、リン、カリウムしか得ていない(だからそれさえ与えればいい)、と誤解した。 土壌生態学はまだ1/10程度の微生物しか実態を掴めていない。
管理放牧
過放牧は土地を痩せさせる。では草食動物を追い出せばいいか?というと土地は元には戻らない。 食べる動物がいなければ土地は豊かにならないということ。
頭数コントロール、フェンスに入れたり放牧したり、エリアを切って一定期間で移動させる、などがある。 自然と牛の行動が変わってくる。 硬くて栄養価が低い草を食べずに、積極的に移動してタンパク質豊富な雑草を食べるようになる。 その結果、除草剤が不要になる。 反芻動物はフェンスの中に入れたら単なるメタン排出源だが、原野に入れれば環境を支える。
問題はまだまだ実験的で決まった型がないこと。 営利企業の進出がなく、農場主たちと研究者のネットワークで進んでいる
ミレニアム・ビレッジ
アフリカから飢餓をなくしてキレイな水を提供するのは良いが、資金を投入することが前提であり持続性がない。そして常に対象は「どこか一個の村」「次のどこかの村」であり標準化されない。 アグロフォレストリーに頼れば解決策の最新の知識は常に現地の農民たちの手にあり、欧米先進国からの資金や知識の援助に頼る必要がない。
耕作放棄地
耕作放棄地は温室効果ガス排出源になる。 しかしひとたび耕作すれば吸収先になる。
水田
水田はメタン発生に理想的な環境(世界全体の排出の10〜20%) 気温が高くなるとメタン生成が高まるという正のフィードバックを持っている。 稲強化法:収穫量を増やすために、田植えを早くして、定期的に水を抜き、乾燥している時に堆肥を入れる方法。ほぼ機械化ができていないが収穫量は倍増する
バイオ炭
テラプレタ:アフリカでずっと行われていた有機物を地中で無酸素状態でゆっくり焼いて炭にする方法。土壌の生産性が長く続く。 焼き畑で作る炭素は所詮表面だけ
灌漑
昔の灌漑は水没させる形だった。今はスプリンクラー。 しかし農業用水は運搬の面で環境負荷がある。また小規模農家ではコスト問題で導入できない。 アジアでは灌漑面積は僅か4%
【新技術や新たな試み】
集約的シルボパスチャー
熱帯地方では多様な植物を生育させることで気温が8〜13℃下がる。 防風にもなり、土壌の湿度も上がり、バイオマスが向上する。
マメ科の低木を植える。例えばギンネム ギンネムは発酵前に吸収できるタンパク質量を増やすため、体重も増やしかつメタン排出量を減らす。
このような試みはオーストリア、コロンビア、メキシコで進んでいる。
海藻と反芻動物
牛は反芻動物で、ルーメンと呼ばれる胃室でセルロースなども微生物で分解する。 その発酵の過程のメタンの90%がゲップで出る。 大気中のメタンの25%で全温室効果ガスの10%。
これが、海藻を食べればメタンが出ず、乳量も増えることにカナダの酪農家が気づいた(家畜の一部を海岸沿いで放牧していた)
カギケノリの中に含まれるブロモホルムという物質がメタンをつくる酵素を妨害している。 結果、牛のエネルギー消費が下がり乳が良く出るようになる。
海洋パーマカルチャーと組み合わせて海でカギケノリを大量生産するというアイディアもある。 海洋でカギケノリを放牧的に養殖するやり方が求められている。
窒素を取り込むための微生物
大気中の窒素を硝酸塩に変換する嫌気性細菌。 マメ科の植物の根にいる。 植物は細菌が酸素に触れないように守り、糖を渡して窒素を受け取る。
土壌マイクロバイオーム
細菌類の潜在能力についてはまだよくわかっていない。 相互補助、共生がバイオームの健康な姿。
バチルス・チューリンゲンシス
毛虫、ガ、蝶を殺す細菌を組み込むよう遺伝子組み換えしたトウモロコシや大豆や除草剤が既に商品化されている。
ヘンプ
綿は世界一ダーティーな作物。一枚のTシャツのために36キロの二酸化炭素が排出される。 大麻=ヘンプは優秀な繊維が採れる一年生作物。成長が早く雑草避けになり、密に植えても平気で育つ。 紙の代わりにもなるがコストはパルプの6倍。
雲南アカデミー
イチゴのように育ち、数年に一度米をつける植物を開発した。水田ではなく高地の畑で育つ。
深く根を張る小麦
選定の繰り返して品種改良することで生まれた。 大気中の炭素を地中に多く隔離。岩石を酸性化させる細菌に渡す。土壌が豊かで耕す必要がなくなる。
牡蠣
牡蠣は炭素だけでなく窒素も吸収する
[関連リンク]
・Draw Downについてメモ(エネルギー部門)