温暖化は森林火災に影響を及ぼしているのか

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先日息子(8)にスッキリとした説明ができなかったので調べてまとめる。
ちなみにこんなやりとり

娘(5)「ヒアリだ!」
息子(8)「あーそれはヒアリじゃないよ。アカアリだよ。ヒアリは絶滅種だからね」
私「絶滅じゃなくて根絶な」
息子(8)「あ、そっか。人間を、、、傷つけるから、、絶滅させようとしてる、ってやつね!(ドヤ顔)」
私「そう、そのとおり」
息子(8)「そういえば、コアラが最近絶滅危惧種になったって」
私「お、そうだ。今そういう提案がされてるね。なんでか知ってる?」
息子(8)「オーストラリアで大きな山火事があったから(ドヤ顔)」
私「そうだね」
息子(8)「山火事ってアメリカでも起きてたね。なんで起きるの?」
私「うーん、日本だとキャンプとかたばこの火の不始末が多いって聞くけどオーストラリアとかカリフォルニアはどうなんだろうねぇ」
息子(8)「地球温暖化は関係あるの?」
私「うーん、どうなんだろ。そもそも山火事の自然発火の種火って、、それと温暖化は、、」

と確信が持てず言い淀んだためきちんと調べる。
ちなみにその場は妻が「温暖化、温暖化、全部温暖化のせいでしょ。はいごはんよー」と締めた。

そもそも山火事の種火とは

火のないところに煙は立たず、ではないが種火の無いところに火災は起きない。

消防白書の令和元年版で林野火災に関する統計を見ると
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r1/assets_c/2019/03/1-1-10hyo.html

「焚き火」が原因のトップだが、それを上回る「不明」が存在する。この中のいくつかは放火で犯人が捕まっていないだけかも知れないが、この中のいくらかの比率が「自然発火」なのだろう。
そうすると日本のような比較的湿潤な国でも自然発火は決して無視できない割合で起きているのだろうか?

また試しに山火事が多くて有名なカリフォルニアの統計にも興味が出て探してみたがとりあえず見つかった公式なデータはUSのFire Administrationの統計。こちらではNaturalは3.2%とある(不明がすごく少ないのは日本と比べるとスゴい)
こちらに見やすい表がある
https://www.usfa.fema.gov/data/statistics/#causesNR
こちらが詳細なレポート
https://www.usfa.fema.gov/downloads/pdf/statistics/nonres_bldg_fire_estimates.pdf
またこちらはカリフォルニアの保険協会が出してる統計だろうか
https://www.iii.org/fact-statistic/facts-statistics-wildfires#:~:text=2019%3A%20In%202019%20there%20were,Interagency%20Fire%20Center%20(NIFC).&text=The%20Mendocino%20Complex%20Fire%20broke,date%2C%20with%20459%2C000%20acres%20burned.

“Power Line” とか “Lightning” とか。過去の規模が大きな火災では原因不明(自然発火かも知れない)もそれなりの比率で含まれているように見える。

またLos Angels Timesの以下の記事では「84%は人為的で16%は落雷だ」なんて記述もある。
https://www.latimes.com/california/story/2019-10-29/how-do-wildfires-start

Arson=放火はあくまでレアケースであるとも。

カリフォルニアに特化した原因追及の公式統計が見当たらなかったのだが、結局のところアメリカにおいて自然発火による山火事というのは認識としてもレアケースなようだ。

しかしオーストラリアの事情はまた異なるようだ。
CSIROというオーストラリアの国立研究機関の2019-2020の大規模火災に関する分析。とても整理されていて読みやすい。
https://www.csiro.au/en/research/natural-disasters/bushfires/2019-20-bushfires-explainer
2019-2020の大型火災の原因は落雷で、オーストラリアの火災の半分は落雷が原因であると。また火災自体が遠方における次の落雷の遠因になることもメカニズムとしてはあるらしい。そうやって連鎖的に森林火災が起こるのだとか。
BBCのわかりやすい絵
https://ichef.bbci.co.uk/news/800/cpsprodpb/1407F/production/_110374028_pyrocumulonimbus_640_eng-nc.png

なお、一般に「自然発火」というとメカニズムは「木の葉の摩擦」らしい。感覚的にもなかなか根気のいる話だ。レアケースのニオイを感じる。

落雷と温暖化

ところで落雷と温暖化は関係あるのだろうか?
2014年にUC Berkeleyの研究者がScience誌に掲載した論文が注目を浴びた。

Projected increase in lightning strikes in the United States due to global warming
https://science.sciencemag.org/content/346/6211/851
これによると気温が1度上がることで落雷の確率は12%上がり、今世紀中に50%落雷は増えるという予測を立てた。
理屈としては、待機中の水蒸気は雷の燃料のようなものであり温暖化は水蒸気を増やすことが知られており一度発火が起こるとそれは連鎖的に広がり沢山の落雷を引き起こすことになると。また落雷が増えると大気中のNOxが増加し、これも問題になる。
彼らは降雨量と雲の揚力と落雷の相関性に関する研究を2011年に発表しており、その仮説に立っている。上昇気流が水蒸気と氷の粒を大気中に増加させそれが落雷を引き起こす。この仮説をUS Weather Serviceの持っているデータと照合したところ77%の精度で雷が予見できたとのこと。そしてこのモデルと将来の気候を予測する11のモデルを組み合わせて2100年までの落雷の予測を出した結果が冒頭のものということだ。
こちらのリンクの方が詳細が読める。
https://news.berkeley.edu/2014/11/13/lightning-expected-to-increase-by-50-percent-with-global-warming/
これはかなり色々なところで引用されているレポートでそれなりに権威がもたらされていそうに見えるのだが(日本語の記事はここにあったhttps://www.afpbb.com/articles/-/3031736

一方、2018年のNatureにはこんな真逆のレポートがあった。

A projected decrease in lightning under climate change
https://www.nature.com/articles/s41558-018-0072-6

エジンバラ大学、リーズ大学、ランチェスター大学の研究者たちの論文で、従来から使われているCTH(Cloud-Top Height)アプローチと、旧アプローチの制限事項を克服した新しいIFLUX(upward cloud Ice FLUX)アプローチで比較したところ、IFLUXアプローチでは1度上昇につき15%落雷が減少する確認が出たと。また氷雲や微小な物理現象にきちんと着目したモデルでなければ将来の落雷を正確に予測することは難しいだろうと主張している。

現時点で落雷と温暖化の論争に決着はついていない。

燃え広がるかどうかが問題

話を戻そう。
「発火」「引火」の違いは自分で火を放つか燃え移るかの違いだが、発火点や引火点についてはここに身の回りにある代表的なものの数値が例示されている。
https://www.hakko.co.jp/qa/qakit/html/h01080.htm

「発火点」として通常の気温であり得るのは一般には「黄リン」だけ。ただしリンの発火点は30°なので普段の気候で元々発火があり得る。取り扱い注意というやつだ。逆に言うと黄リン以外に常温で(暑かろうと寒かろうと)自己発火に至るものはそうそうない。

種火は雷のようにいくらでも自然現象として発生し得る。先史時代も原始時代も恐らく森林火災は発生しては自然と消えた。したがって人為的や気象環境の変化による影響云々を語る際には、主にそれら何かしらの干渉および変化によって森林火災が燃え広がりやすくなっているかどうかに着目するべきだろう。

そうすると問題は「引火点」だ。種火など少々くすぶってそれでおしまいだ。何かに燃え移ることで火災となる。大規模火災の発生可能性とは、すなわち周囲がどのくらい引火する可能性が高い物質で満たされているかどうかで決まると考えられる。

さきほどの表の引火点を見ると「灯油」「重油」「軽油」あたりが気温が上がることによって引火する可能性が出てくる。灯油や重油がどこかにまとまって存在していて、それらに引火するのが問題なのだろうか?とここから推論できる。

また上記は身の回りにある一般的な物質についてだったが、こちらにより詳細な可燃性ガスに関するデータを見つけた。
http://www.nohken.com/japan/technology/reference/explosive_gas.pdf

これら化学物質を取り上げれば、常温で引火するものなど腐る程ある、ということがよくわかる。ただこれらが一般に自然界に存在するものだろうか?という疑問が当然出てくる。

また消防庁低温火災について以下で解説している。
http://nrifd.fdma.go.jp/public_info/faq/teionhakka/index.html

木材の本来の引火温度は200度以上だが、低い温度(ここでは100度程度)で引火され続けることで水分が蒸発し、多孔質化が進むと引火することがある、という説明だ。なるほど、乾燥が前提となればこの変化がスピーディーに起こる可能性があると解釈できる。つまり「乾燥している時期の火災は広がりやすい」と一般的に言われる現象についての物性的な説明となる。
また消防庁のデータでは湿度と火災発生件数には明らかな相関がある、となっている。

一方、Fuel(=可燃性の何某)を伴った火災についてオーストラリアの国立広報機関が「環境温度が高いとFuelの引火温度に近づくことによって火災のリスクが高まる」とコメントしている。
https://www.ga.gov.au/scientific-topics/community-safety/bushfire
この点については、森林が開発されることによって人間が山に燃料を持ち込み、それらの管理が徹底されていないことから森林火災が広がりやすくなっているという言説を見かける。OaklandThe Breakthrough Instituteというところの論説が興味深かった。
https://thebreakthrough.org/issues/energy/wildfire-causes

いくつかポイントがあるので要約すると
「気温上昇は、夏の気温を上げることで雪解けの時期を早め冬の雨が秋の終わりに訪れ(しかも早期に終わる)それらの影響によって火災のリスクが高い時期を1979年に比べて50日も長くしている
温度上昇によって燃えるわけではなく、乾燥も含めトータルなリスクの高い時期を長くしている、という説明だ。なるほど。
「乾燥によりSierra Nevadasで森林が激減したこと、強風が発生しやすくなったことは直近の火災に結びつく事由ではない」
化石燃料の移動が最大のリスクである。低コストな生活を求めて森林の近くに住居が移動している傾向はWUIの調査から顕著に読み取れる」
森林火災は、その原因が自然起因であるものは特に、あくまで頻繁に在る自然現象であり、それは人為的な干渉がなければそこそこのレベルで自然と収まるもの。それがHuman Activityが森林に近づき、かつ燃料の管理ができていないためにリスクを高めている、というのがここでの主張のようだ。
“Why California fires have become less frequent but larger over time.”
ということだ。

結論

現時点で森林火災と温暖化の関係性を強く結びつける主張(「温暖化のせいである」という主張)は客観的に説得力に欠けるようには思う。関連性は否定できないが、支配的なファクターとしての断定には至らない。

よくわからない、では結論としては寂しいのでいくつかレベル感を伴って整理しよう。

<ほぼ確からしいこと>
発火について
・自然発火は日本および米国では火災原因としての比率は低い。しかしオーストラリアでは自然発火が大きな要因となっている
・自然発火において落雷起因はある程度支配的な割合を占める
・温暖化により直接的に種火が増えることは考えにくい(発火温度は温暖化影響のレベルからはだいぶ遠い)

引火について
・温暖化により森林火災の広がりやすさは多かれ少なかれ影響を受けている(木材、枯れ葉等の多孔質化の促進)
・カリフォルニアでは温暖化の影響で一年のうちの乾期が長くなっている
・人が持ち込んだ化石燃料が自然の中に存在することで火災を広がりやすくさせているケースは存在する

<ハッキリと言い切れないこと>
・落雷が温暖化は関係があると思われるがそれがポジティブな影響かネガティブな影響かについては現時点ではよくわかっていない(気候モデル次第でどちらの結論もあり得る)
・温暖化が森林火災の広がりやすさを高めている主たるファクターかどうかはよくわからない


九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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