Q. とりあえず中国で作れば間違いないんでしょ?

close up shot of world map with flaglets

流石にそう面と向かってハッキリと聞いてくる人は稀ですが(ゼロではない)多くの方の頭の中にこのセリフがあるんだろうなというのはひしひしと感じます。

そもそも中国が世界の工場と呼ばれるほどの影響力を持つようになったのはここ十年ほどの話かと思います。 その前の十年間の中国はリーズナブルな外注先であり大企業の投資対象(設備含む)でした。 さらにその前の十年間は、まだまだリスキーだが明らかに中国が変わろうとしている、と少なくない方々の認識に入り始めた時期だったように思います。

中国という国について考える際、あまり単体の活動として捉えるよりも総体としての活動をマクロ視点で捉えた方がしっくりくることが多いように思います。 そうすると現在の中国において、製造業は概ねその役目を終えたようにも見えます。 すでに十分な経済的豊かさを手に入れた中国は、無闇やたらに海外からの資本を呼び込む必要がありません。 当然既存の設備や企業を潤沢に回し続けるために、今後も中国は世界の工場たる態度を取り続けるとは思いますが、それは決して20~30年前の、覇権を取りにガツガツとしていた時代からは一線を画すものになると考えられます。簡単に言えば高品質高付加価値へのシフトを行うということです。これは歴史上、各国において順次起こってきたことです。 中国の前はベトナムやマレーシアでした。その前には台湾だった頃もありました。そしてその前には日本がその位置にいたこともあったわけです。 歴史は繰り返す。中国は間違いなく同じ経路をたどると考えられます。

20年近く前の話ではありますが、中国工場の賃金が他の東南アジアの工場と数年後には変わらなくなる、という予想が流れた時期がありました。これはその後完全に正しい予想として実現されました。元々中国の安い労働力は地方の労働者が、シーズンごとに出稼ぎに来て、十分に稼いだら地元に帰って行ってその人たちは二度と戻ってこない、という確実に有限なサイクルによって構築されていました。つまり貧富の地域格差を利用した戦略なので、一巡したら必ず終わるということです。当然ある日突然パタっと終わるわけではないので徐々に賃金が上がります。それを加味すると徐々にではあるが確実に中国はお得ではなくなる、誰もがわかっていたことですし、当事者たちもわかっていることです。なぜならこれもまた歴史の繰り返しだからです。

冒頭の質問に戻ると、間違いないかどうかはあなたが何を期待しているか次第だと言わざるを得ません。 例えば電子基板を既にFixされたBOMで作ることを考えた場合、既に中国で製造するメリットはほとんどありません。 また部材単価が変動しやすいものが含まれた製品を作る場合、一括購買の能力を持っている中国の工場は安く仕入れて安定に製造できる可能性があります。しかしこれは国や地域によるものではなく、単に購買能力による良し悪しでしかありません。 したがって、あまりコストや供給性や生産能力に期待して盲目に中国工場を選択すると、手痛いしっぺ返しがくる可能性は多分にあります。

一方視点を変えて品質で言うと、今の時代に生きていて「Made In Japanの品質は最高だぜ」と言う人はあまりいないと思います。当然です。Made In Chinaも素晴らしいです。ほとんどの部分で日本の技術的優位などとうの昔に吹っ飛んでいます。これは1970~80年代アメリカの半導体業界に対して一気に日本が肉薄した状況によく似ています。これもまた歴史の繰り返しです。

それならとりあえず中国に頼んでおけば良いのでは?と思えるかも知れませんが、中国だけに限らず海外で製造を行うということには特有の難しさがいくつか存在します。

例えば輸送料と関税の問題です。 製造にも色々なパターンがあります。一度作ってそれっきりのものもあれば毎月一定量作るものもあれば都度数量や納期を柔軟に製造する必要があるものもあります。製造の頻度が上がれば上がるほど当然輸送の手間と代金はかさみますし、一般に海外輸送には税関も含めて時間がかかるものですが納期を短く取ることで船便が使えず航空便で送ることになればそれも輸送費の負担を押し上げます。 また品目次第では非常に高い税率が課されることもあります。これは事前に確認しておいても何かしらのきっかけで変わることがある話なのでひとつのリスクです。

他には管理の問題があります。 海外は文化が違います。何事も日本の習慣の押し付けがそのまま通ると思ったら大間違いです。 経験上特にそれが顕著に出るのが「指示されていない事項が発生した時にどう行動するか」です。日本人的な感覚であれば、委託されている作業の中に特に指示がない事項を発見した場合、取り得る選択肢はあまりありません。そう、十中八九クライアントに聞きます。一旦手を止めて、これこれこういう事象が発生しているがどうするのが正しいのか、問い合わせます。 しかし実際は国、地域、成熟度、斑ら模様の海外においては対応も斑ら模様です。初めて関わる人たちがどういう行動をするかなど、正直読めません。

ではどうするか。オーソドックスな手段は張り付きです。 製造前の準備、段取りの確認、製造ラインの進捗確認、出荷前の検査、全ての工程にメンバーが最低一人は張り付いて様子を観察するとともにいつでもトラブルが発生したら介入する準備をしておきます。 張り付き自体は国内製造だとしても当然やる場合はあります。しかし海外であることによってその張り付きにかかる労力とコストが上がるということは事前に計算に入れておく必要があります。 例えば仮に何かトラブルが起きて製造の責任者と実務者、開発の担当が一人とプロジェクトの責任者が一人、合計4人でその海外の工場に行かなければならなくなったら、それだけで100万円、200万円の値差など容易に吹き飛んでしまいます。 貼付を行わない代わりに多くの大企業で用いている手法が駐在員です。駐在員は長年その国にとどまっていることでその国の慣習を深く理解し加えてその国の人間と直接のコネがあります。そういう人間を置いておくことで 事前のすり合わせや突如のトラブルへの対応などへの不安が解消されます。 しかしながら駐在には多くの費用がかかります。したがって特に立ち上げたばかりのスタートアップ等では駐在の事は考えにくいです。したがって取り得る方法は現地の日本人コンサルタントを雇うことです。

闇雲に中国を選択するのではなく、長所短所をよく理解した上でいくつかの注意事項をきちんと踏まえるのであれば中国での製造という選択肢は十分に魅力的だと思います。

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幸せなIoTスタートアップの輪郭

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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