ベストセラー「人新世の資本論」を読む①

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ベストセラーであると同時に斉藤氏を一躍時の人へと押し上げた「人新世の資本論」をだいぶ前に読んだのだが今更ながらまとめを行う(少々長いので2回に分ける)
あくまでメモとしての扱いであって、これによって何かを主張するものでない。が色々非常にためになった。 ちょっとでも興味のある人はできれば直接読んでおくべきだと思う。このまとめがその助けになれば好ましい。

個人的にはこの方の「現状分析」は非常に秀逸で参考になるところが多くあり、しかし一方で「対策」や「ビジョン」の部分は弱いと感じている。

<搾取だらけの世界で幸せに生きている私たち>

【グローバルサウスへの外部化】

歴史的に資本主義は「収奪」と「転嫁」によって発展してきた。 誰かから何かを安価に取り上げて、それを消費し、ネガティブな皺寄せはまた誰かに押し付けることで自分たちの手元に的確に「利益」を残すことが資本主義の基本スタイルだからだ。

それが「外部化」である。

外部化は概ね「グローバルノース → グローバルサウス」の向きで行われ、様々な問題が認識され始めたのが1980年代のこと。 問題というのは2つあって、ひとつはグローバルサウスでの環境破壊などの問題、もうひとつはある場所での搾取が破綻を見せ次の搾取先を探さなければならないという問題だった。

それが一周回って全部搾取し尽くしてもう限界、というのが今だ。

個人的な経験からも、某社の某事業部は2000年代初頭はマレーシアの工場がメインであり、安い労働力を「活用」していた。しかし並行して中国工場を稼働させ、賃金が高くなってきたマレーシア工場の役割を転換し、次は中国に乗り換えた。しかしそれも10年弱の間に中国の賃金が上がり、またさらなる海外工場戦略を、、、と外部化の模索を繰り返していた。「これって最終的にどうなるんだろ?」と素朴な疑問を持った記憶がある。

ブラジルと中国でCO2排出が増えているのはグローバルサウスへの外部化の一面でもあり、サウスにばかり責任を負わせるノースのスタンスはある種で収奪の継続でもある。

世界の富裕層トップ1割が半分の二酸化炭素を排出。下位半分は1割も出してないが、気候変動の煽りを最初にくらうのはこの層。

【地球を守るための外部化という矛盾】

電気自動車を作るためにはリチウムやコバルトが必要であるが、それらの主要埋蔵国はグローバルサウス(チリ、コンゴなど)である。高まるニーズに対応するために過剰に採掘され、地盤沈下や落盤事故、現地労働者の低賃金労働など様々な問題を押し付けている。

【マルクスの反省】

マルクスと言えば有名なのは「資本論」だが、それに先立っての「共産党宣言(1848年)」で、資本主義の収奪は恐慌を呼び民衆によって倒される、と予測した。しかし1857年の恐慌を資本主義が乗り切ったのを見て、考えを改めて書いたのが資本論だった。しかし資本論は実は未完で、晩年のマルクスは資本論とは違うことも考えていた。

マルクスは生産性が上がれば色々問題が解決するという楽観論を持っていた。また欧州中心主義も持っていた。 しかし1862年にリーヴィッヒの「掠奪農業批判」に感銘を受けて考えを変える。 物質代謝論:人も地球の代謝の中のひとつである。資本は自身の成長が再優先であり物質代謝を撹乱する。 晩年のマルクスの興味は地質学、鉱物学、植物学など活動は幅広く様々だった。

そしてオリエンタリスト(西洋至上主義)を反省したのも晩年のことだった。 元々は「イギリスのインドの支配は革命を呼んだわけで結果的に良い役割を果たしたとも言える」というようなことを書いて激しい批判を浴びたりしていた。 しかし晩年はロシアの革命家ザスーリチに「ロシアは西洋のように一度共同体を解体して資本主義をやらなければ強国になれないのか?」と聞かれて、そんなことはないと返している。むしろコミュニズム的な発展を西洋より早く行える可能性があると。 ロシアの農業共同体やアジアの村落共同体を褒めていた。

<わたしたちが幸せになるために必要なこと>

【ジェヴォンズのパラドックス】

19世紀の経済学者であるジェヴォンズは、当時石炭の精錬効率が上がったことで価格が下がり、それによって今まで使われてなかったところ(例えば人力で回っていた工程など)で石炭が使われるようになり、結局トータルの消費量は減るどころかむしろ増えた。

【政治経済学者のラワース】

経済成長と生活の向上は、経済的に貧しいレベルでは相関性が高いが、ある程度豊かになった地点から相関性がなくなる。 例えばアメリカのGDPは欧州よりも高いが、福祉が充実している欧州の方が住みやすい。 また日本はアメリカのGDPに遅れを取っているが寿命は長い。など身近な事例は極めて多い。

別の研究では年収と幸福度の相関性がある地点からなくなることは古くから知られていて、これは給与をインセンティブとしてどの程度用いるべきか、というマネージメントの知恵を与えている。

【プラネタリーバウンダリー】

MDGs, SDGsなどのある種の源流のひとつにもなっているロックストロームの思想。地球の限界を自覚して、様々な対応を取るべき時期が来ていると警鐘を鳴らした。 それを元に生まれたグリーン・ニューディール(経済成長と共に地球環境を守ること)が生まれたが、「それは無理だ」とロックストローム自身が十年後に自己批判している。

プラネタリーバウンダリを犯してる数が少ない割に社会的便益の達成数が多いのがベトナム。 多くの先進国が「色々犯すけど色々達成してる」という立場。中国は異なる。

<技術が全てを解決する?>

【ハーバーボッシュ法】

化学肥料生成の画期的手法。これによって作物の収穫量は劇的に増えた。肥料問題を解決し連作を可能にする画期的な資本主義的方法。食料問題解決のヒーロー。 という見方もあるが、一方で化石燃料の使用が必須であり、環境負荷は高い。

【BECCS】

CCSは二酸化炭素を地中や海底に埋めてマイナスを実現する技術(NET: Negative Emission Technology)だが、それとバイオマスエネルギーを組み合わせることで大気から回収した二酸化炭素を完全に隔離することを可能にする。

しかし海洋の酸性化、水の大量消費、バイオマスをやるために大量の農地を犠牲にする可能性など、副作用が懸念される。 とはいえIPCCのモデルには組み込まれていることが多い。

経済成長を前提として押し付けられると、BECCSのようなものを積み上げるしか手がないのが実態だ。

【ジオエンジニアリング】

気候に人間の技術で干渉する、という科学分野。 日光を遮る鏡を宇宙に配置したり硫酸エアロゾルを巻くことで雲を作ってアルベドを操作したりする。副作用について大半解明されていない。

【左派加速主義】

アーロン・バスターニ 持続可能な経済成長によってコミュニズムを成立させようという思想。

人工肉、自然エネルギー、宇宙資源採掘、などなど。

全ての問題は解決可能でありかついずれコストは無視できるほどまで下がるだろうと考える。 このようなエコ近代主義はジェヴォンズのパラドックスに落ちると考えられる。

<経済成長という悪魔、低成長という夢>

【プログレッシブキャピタリズム】

ノーベル経済学賞のスティグリッツが主張した「資本主義の飼い慣らし」のこと。 具体的には、賃金を上げて富裕層の課税を増やすということ。 そんなことできるならとっくにやっている。 しかし富裕層が政治権力と結びついて自らの権益を守り、庶民から収奪しながら格差を拡大させる手法、そのような不公正な姿が「真の資本主義」であり、結局のところスティグリッツは夢想家に過ぎない。

緊縮財政は脱成長だが、成長と富裕を謳歌した団塊世代がそれを言うと薄ら寒い MMTは反緊縮の思想のひとつとして支持を受け始めてるが、サンダースなどの主張は常にグリーン・ニューディールとセットになっているので非現実的

【構想と実行の分断。資本家が構想し、実行者は奴隷化する】

かつての陶芸家は自分で構想し自分で作っていた。 そうすると陶芸家が立場として優位になり、資本家には好ましくない。 したがって実行者は分業化され、個人では何もできない烏合の集とされた。 資本主義の効率化の意味での分業と実行者の権力を剥奪し貶めることは、セットで極めて合理性が高かった。

【希少性】

資本主義で勝つために必要なのは希少性を作り出すこと。 いかに使用価値を上回る値付けをして余剰を稼ぐか。 それを繰り返して市場価値を使用価値以上に釣り上げ続ける(マルクスが批判した点)

水は元々共有性の高い潤沢なものだったが、潤沢なままでは価値が上がらないので 使用権や独占権を発生させて希少性をわざと作り出した。

ブランドを作ることは相対的希少価値を人工的に作り上げること。 使用価値が全く同じ製品でもブランドが付くことで市場価値が上がる。実際には何も価値を生み出していないが、資本主義においては王道的手法。

「十分に生産しないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を作り続けるから貧しいのだ」

【私富と公富】

1804年 経済学者ローダーデール 私財は公富を減少させることで増える。 個人が豊かになればその分公共は貧しくなる。 私富の増大は数字上の国富を増やすが、実質的な公富は減少している。

【サソール社】

石炭から人造石油をつくる技術。二酸化炭素排出量は2倍になり、サソール社だけでポルトガル一国を上回る。 南アフリカ食糧主権運動は、世界の社会運動と連携して批判。 アメリカ企業がサソールの株を持っていることも批判された。

【貧しいということ】

先進国の多くの人々が実はギリギリのラインで暮らしている時点で「資本主義と経済成長の幻想に騙されてないか?」と疑わなければならない。だって、あとどのくらい成長すれば皆が豊かになれるのか?誰も答えを示していないし、そもそも誰も答えを知らない。

貧しくなると言っても、たった三日間の出張のために飛行機でニューヨークに行くのをやめ、車を2台も3台も所有するのをやめる、という話。

旧来の脱成長思想は資本主義の焼き直しや補正でしかない。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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