アーリーおよびミドルステージのスタートアップにおける人事評価について

By | December 8, 2020

よく質問を受ける話なのでまとめておく。
まず前提として人事評価など無くても会社が回っていれば問題はない。 なので「あえてやる」ということは何か『先にご利益』があるか何か『現在に問題』があるかのどちらかだ。

【先のご利益の例】
・上場審査、買収交渉などでポジティブに受け止められる
・メンバーの採用時に「しっかりした会社だ」というアピールができる
・組織が大きくなってきた時に各メンバーのやるべきことや規範がハッキリする(評価されることをやる)

【現在の問題の例】
・社内に「評価制度をしっかりして欲しい」という下からの突き上げがあるが幹部クラスは「それどころではない」と思っている
・社内に説明不十分な給与の偏りがあり、それに不満を持つものが出てきている
・パフォーマンスの悪い社員がいて場合によっては解雇を検討する必要があるが、その根拠になるような評価プロセスが存在しない

小さな会社にとって人事評価の導入はなかなか大変な話だ。 しかし上記のような「目的」に応じてデザインすることによって最小労力で済ませることができる。

では以下具体的に。

【外部的に良い評価を作りたい場合】
運用に無理のない制度をどこかから引っ張ってくるのが良い。 一生懸命カスタマイズする労力がもったいないので一般的なテンプレを適用するだけで十分だろう。 その代わり、あまり実質を重んじたものではない前提に立てば、現場にとって運用に無理がないことが最重要である。 形骸化した人事評価システムは外部からあっさり見破られる。それなら身の丈にあったライトで簡素な評価システムで 堅実に細々と続いている方が好ましいだろう。

【社員のモチベーションや方向性、規範などを統一したい場合】
実はこれはある程度のサイズまでの組織においては人事評価制度である必要がない。顔が見えるし話もできるからだ。 例えば以下のようなものを重視した方がよっぽど社内のメンタリティの整備には役に立つ。
・1on1(人事評価、給与交渉を伴わない)
・社長が定期的に全員の前でビジョンや現状、社会情勢も含めた会社の立ち位置などについて語る
・横断的なマネージャー会議を行う
などなど。 しかしあえて人事評価を導入することにこだわるとしたら、360度評価のようなやり方が目的には近しい。 というのは、意識の統一ややるべきこと、規範の明確化であれば本来はそれはリーダーシップによって行われることだ (往々にしてそう上手くはいかないことがあるのだけど) しかしながら、その良い代替になるのが「チームワーク」であり、逆に文書やルールでその代替とすることは難しい。 ネックは、状況に応じて求められるものが変わることだろう(頻繁なアップデートが必要) それであれば周囲との意識のズレをメッシュ的な関係性で埋めていく方が柔軟性もあり、効果が期待できる

【メンバークラスが管理されたがっている場合】
管理する側としては困ってしまうことだが、実際にこういうシーンはある。 なぜ管理されたがるのか?評価されることってそんなに嬉しい?と思ってしまうが、こういうシーンは確かにある。 特にメンバークラスの一部が元大企業出身だったりするとよりこの傾向が高まることもあるが、 いずれにせよ根本原因は、マネージャーなり幹部クラスがあまりに部下を気にかけず、彼らの自己評価を損ねていることにある。 自己評価は他者との触れ合いの中で高められる。自己なのに他者。人間とは厄介な生き物だ。 このケースでは実は必要なものは『バチッとした完璧な人事評価システム』ではなく、 個人面談を行ったり、個別のタスク確認や進捗確認を重視したミーティングを増やすことなどの方がよっぽど効果的だ。 もし無理やり人事評価に結びつけるのであれば、定期面談を導入してそのタイミングで個人の中期的なタスクや目標を共有して、 次の定期面談でそのレビューをし、それを点数化することで人事評価とする、というのがいわゆるテンプレ的な対応だろう

【給与に不満のあるメンバーがいる場合】
実はこのケースが一番厄介で複雑だ。個別に慮った対応をすると最終的に頓挫することの方が多い。 むしろマクロ的な視点での対応がこのようなケースでは好ましい。 そもそも給与というのは成果が出ていたら無尽蔵に上げて良いようなものではない。 むしろ給与がずっと上がり続ける光景など荒唐無稽だとすら言える。 上がる可能性があるなら下がる可能性もある(業績や成果に露骨に連動) あまり下がらないのであればあまり上がらない(相場通り以上も以下もない) このバランスのベースになっているものとして『予算』を作ることを最優先するのが好ましい。 予算があるということは人材の採用計画があるということで、 その予算の投入によってもたらされる将来的な収益計画についてもすでにオーソライズされているということだ。 また予算の大きなポイントは「その範囲内でしか使えない」というExcuseをマネージャークラスに与えることになるため、 それを利用して給与については「やたらめったら上がるわけではない」ことについて、 また「しょっちゅう上がったり下がったりすることをそもそも望むのか?」という視点、 そしてそのような状況は「評価労力的にも評価される側のメンタル的にもパワーの無駄が多い」ということについて まずはメンバークラスの理解を得るべきだ。 それを踏まえた上で、給与の決定プロセスについて一般化されたシステムを構築する必要がある。 課題はある程度の抽象化(曖昧さ)をその中に入れるようデザインすることで後でさじ加減が効くようにすることだ。 例えば給与額の設定に一定の幅を持たせて、実はよく見ると評価的に一個下のグレードの人間でも 一個上のグレードの人間よりも良い給与を得ることは設計上は可能になっている、というような手が考えられる。 いずれにせよポイントは 「予算」→「ルール」→「そうやって決まってるんだからしょうがないじゃん」 という状況をきっちり構築することだ。 ということで、このケースは実際かなり面倒くさい。 場合によってはその不満をあからさまにするメンバー(周囲に悪影響を撒き散らすメンバー)を何かしらの形で排除・分断した方が 組織にとっては都合が良いかもしれない。そこはかかる労力との天秤にかけて判断すれば良い。

【人材循環の一助にしたい場合】
例えばネガティブな理由で給与を下げたい、場合によっては辞めてもらって構わない、というようなメンバーがいたとして そのメンバーに対する減給を一見気まぐれかつあからさまに行ってしまったとする。 (仮に管理者側にはしっかりした理由があったとしても客観性と透明性が不足しているような状態) もしそのメンバーに多少の知恵があって然るべきところに駆け込まれたらそれなりに面倒なことになる。 したがってそのような時のための備えとして「正当な評価制度」があることは至って好ましい。 一般に禁止されるような行為(例えば暴力や恫喝など)は雇用契約書の方でしっかり書くとして、 やはり必要なのは「パフォーマンスが酷い時に給与を下げれる仕組み」だろう。 この一点に主眼を置いて「ではパフォーマンスが悪いとは何を指すか?」「何は許す(配慮する)が何は許せないか?」 というポイントを議論して、それをきちんと抽出できる(他は抽出できなくても構わない) 人事評価制度を確立するのが良い。 具体的な内容は組織それぞれになるが、例えば「チームワークを重視して納期通りタスクを進めること」が 最重要であるような組織であれば、それを乱すような存在は他のパフォーマンスが良くても 必然的に評価が低くなるような仕組みをデザインするべきだろう。 「創造的な提案や具体的なクリエーションをすること」が求められるような組織であれば 新たなアイディア出しや手を動かしてものを作ることをやっていない人間が評価が上がるような仕組みではまずい。 このように冒頭に書いた「人材循環」の意図は 「うちには合ってないから他所に行ってくれ。他所できっと活躍できるところあるよ」 というシステマチックな促しが最上位の目的にある。何も気に入らない人材を排斥したいというようなことではないのだ。

さて、ツラツラと一般論について挙げてみたが、往々にして複数の目的や課題が混ぜこぜになっていることがほとんどだろう。 そういう時も、一気に全てを成し遂げようとはせず、優先すべき課題に絞って適切かつ最小限な精度の導入を行うことが、 人事評価だけに限らず制度導入の上で最も大切なことのように思う。
ただし、上場準備などで管理部をごそっと大量雇用しバチッとした管理体制を構築することを 『固い意思で決めている』ような状況では 肚を括って、労力を覚悟して、ハレーションも許容して、全面的に押し進めるしかない。(大変だしとても疲れるけど)