「争いが多く生き辛い時代」を、1万年数えてみた
「今は争いが多く、生き辛い時代です」
という言葉を、最近よく聞く。ニュースでも、挨拶でも。
聞くたびに、少し引っかかっていた。
本当だろうか。数えた人はいるのだろうか。
幸い、数えている人たちがいた。骨からデータベースまで、道具は揃っていた。なので並べてみた。
まず、グラフを見てほしい
数える単位を決める。人口10万人あたり、年間の暴力による死者数。戦争も殺人も含める。骨に残った傷から統計データベースまで、時代ごとに出典は違うが、単位はこれに揃えた。
縦軸は対数である。理由は後で述べる。
線が中央推定値、帯が研究間の不一致の幅である。
見てほしいのは3点だ。
線は右に行くほど下がる。先史の推定150前後から、現代の8前後へ。およそ20分の1になった。
ただし単調ではない。1900〜45年に、巨大なスパイクが立っている。
そして帯は右に行くほど狭くなる。史料の質が上がるからだ。先史の帯が一桁分も開いているのは、誤魔化しではなく、学界が実際にそれだけ割れているという情報である。
縦軸を対数にした理由はこれで分かると思う。線形軸だと、先史の棒がすべてを潰すか、現代の変化が見えなくなるかの二択になる。20分の1の低下と20世紀のスパイクを同じ絵に収めるには、対数しかない。
何を参照して、どう数えたか
時代ごとに、数え方がまるで違う。正直に書いておく。
先史(〜国家形成以前)。 頼れるのは骨だけだ。頭蓋骨折、刺し傷、骨に刺さったままの鏃。発掘された人骨のうち何%が暴力で死んだかを数える。Keeleyの『War Before Civilization』(1996)以来の分野で、非国家社会の暴力死割合は平均15%前後という推定がある一方、Fryらは移動型の狩猟採集民に限ればずっと低いと反論している。日本の縄文人骨を網羅的に調べた中尾らの研究(2016)では1.82%。同じ「先史」でも一桁違う。帯が広いのはこのためだ。
なお「死者の何%」を「10万人・年あたり」に直すには、当時の粗死亡率(年30〜40人/1000人と仮定)を掛ける。縄文の1.82%なら年60人/10万人前後、Keeleyの15%なら500人前後になる。
古代〜中世。 中東では、発掘人骨3,500体分の外傷データから紀元前12000年〜前400年の暴力トレンドを復元した研究が2023年に出た(Batenら、Nature Human Behaviour)。都市が生まれた銅石器時代(前4500〜3300年頃)にピークがあり、その後の2千年で着実に下がる。法制度、中央行政、宗教制度の出現と並行していた、というのが著者らの解釈である。
中世〜近代のヨーロッパ。 ここからは文書がある。Eisnerが裁判記録などから編んだ殺人率の長期系列が決定版で、1300年頃の年30〜50人/10万人から、1900年頃には1人前後まで下がる。
20世紀以降。 統計の時代だ。戦闘死はUCDP(ウプサラ紛争データプログラム)、殺人はUNODCが数えている。二度の大戦の期間は、世界平均で年200〜300人/10万人に達した。先史の中央推定値を上回る、グラフ上唯一の逆行である。戦後はほぼ一貫して低く、2000年代半ばの戦闘死は年0.5人/10万人前後。おそらく人類史上の最低値だった。
ターニングポイントは4つあった
グラフの折れ目には、それぞれ出来事がある。
1つ目、国家の登場(前3300年頃〜)。 銅石器時代のピークから青銅器時代にかけての低下。裁判と行政が復讐を代替し始めた時期と重なる。ホッブズが『リヴァイアサン』で理屈として書いたことの、考古学的な裏付けに近い。
2つ目、近世国家による刑事司法の独占(1500〜1900年頃)。 欧州の殺人率が30から1へ、30分の1になった。決闘が違法になり、私的な報復が裁判に置き換わった。エリアスが『文明化の過程』と呼んだものだ。
3つ目、20世紀前半(1914〜45)。 産業化された総力戦。国家は暴力を独占した結果、独占した暴力を最大効率で行使する能力も手に入れた。日本だけで約310万人。この国の歴史上、戦国のどの局面より一桁多く人が死んだのは、実はこの8年間である。
4つ目、長い平和(1945〜)。 核抑止、貿易の相互依存、国際機関。理由の配分は論争があるが、大国間戦争が80年起きていないという結果は数字として残っている。
そして5つ目になるかどうか分からない折れ目が、右端にある。2010年代以降、シリア、ウクライナ、中東で戦闘死は底から数倍に増えた。水準としてはまだ歴史的な最低圏だが、向きは上である。
考察:体感は正しく、時代認識は誤っている
ここからが本題だ。
「今は争いが増えている」は、2005年頃と比べれば真である。
「今は争いが多い時代だ」は、1万年と比べれば偽である。
この2つの命題は、対立していない。フィルタが違うだけだ。前者は直近20年という窓で世界を見ており、後者は1万年という窓で見ている。どちらの窓も、それ自体は正当である。
ここで気付いたことがある。
20世紀後半以降に生まれた人は、人類史上の最低値の近くで物心がついている。
1970年に生まれた人の観測窓は、冷戦終結と、2000年代の底を含む。底から測れば、その後は上昇しか見えない。「争いが増えている」という体感は、データ上も正しいのだ。
たまたま史上最良の谷で育った世代が、谷から少し登った景色を見て「山の時代だ」と言っている。構図としてはそういうことになる。
もう1つ、可視性の問題がある。1万km先の戦場の映像が、毎朝スマホに届く。こんな時代は人類史上初めてだ。祖父母の世代は、同時代により多くの戦争を生きたが、そのほとんどを見ずに済んだ。争いの総量は減り、争いの可視量は増えた。体感はおそらく後者に比例する。
最後に、冷や水も掛けておく。
このグラフから「だからこれからも下がる」は導けない。戦争死者の分布は極端な裾の重い分布に従うことが知られていて、数十年の平和から趨勢の転換を結論するのは統計的に危険だ、という指摘がある(CirilloとTaleb)。しかも日本自身が前例を持っている。250年の徳川の平和の後に、史上最悪の8年間が来た。グラフの右端が下がり続ける保証は、このグラフのどこにも書かれていない。
だから結論は控えめにする。
断定できるのは3つだけだ。現代が計測可能な範囲で最も殺されない時代であること。20世紀前半が例外的なスパイクであること。そして、平和の実績は将来の保証にならないこと。
それでも、「今は争いが多く生き辛い時代です」と口にする前に、一度数えてみる価値はあると思う。
参考
- Our World in Data “Ethnographic and archaeological evidence on violent deaths”(先史の暴力死データの両論整理)
https://ourworldindata.org/ethnographic-and-archaeological-evidence-on-violent-deaths - Nakao H, et al. Violence in the prehistoric period of Japan: the spatio-temporal pattern of skeletal evidence for violence in the Jomon period. Biology Letters. 2016;12(3).(縄文の暴力死割合1.82%)
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2016.0028 - Baten J, et al. Violence trends in the ancient Middle East between 12,000 and 400 BCE. Nature Human Behaviour. 2023.(中東1万2千年分の人骨外傷データ)
https://www.nature.com/articles/s41562-023-01700-y - Keeley LH. War Before Civilization. Oxford University Press, 1996.
- Fry DP, Söderberg P. Lethal Aggression in Mobile Forager Bands and Implications for the Origins of War. Science. 2013;341(6143).
- Eisner M. Long-Term Historical Trends in Violent Crime. Crime and Justice. 2003;30.(欧州殺人率の長期系列)
- Cirillo P, Taleb NN. On the statistical properties and tail risk of violent conflicts. Physica A. 2016.(戦争死者のファットテール性)
- スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』(青土社)
https://www.amazon.co.jp/s?k=%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E3%81%AE%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%8F%B2 - UCDP (Uppsala Conflict Data Program) / UNODC Global Study on Homicide(現代の戦闘死・殺人統計)
この文章は原案・ディレクション:九頭龍、作文:AIで書いています。
