「誰かが買い支えている」と思ったら、誰もいなかった 〜SPCXをしばし観察した記録〜

しばらく前から、ある銘柄の板を毎日眺めていた。

6月12日に上場したSpaceX(SPCX)である。IPO価格135ドル、公募での手取りは約857億ドル。史上最大級の調達だった。

眺めていた理由はある。上場当日に、この会社のマルチプルについて記事を書いた。スターリンク事業のEBITDAに対して245倍という値付けがどう成立するのか、という話だ。あれだけ物申したからには、行く末は見届けないといけない。

そして上場後、株価はほぼ一直線に下がった。6月の高値225ドル台から、8月初旬には100ドル台の前半まで。半値である。

下がること自体は、完全に予想どおりだった。公開の場で違和感を表明していたのだから、ここは言い切っておく。驚きはない。

引っかかったのは別のことだ。

毎日同じ動きをする、という違和感

数日にわたって、まったく同じ形が繰り返された。

寄り付きで前日終値から5%ほど下げる。110ドルを割ると、そこで急に買いが入る。115ドルまで戻す。そのまま日中はほとんど動かず、ダラダラと終わる。翌日も同じ。

これは自然な値動きに見えなかった。

株価が下がり続けている銘柄で、特定の価格に来るたびに買いが入る。しかも上には行かない。誰かが「この水準を守っている」ように見える。

思いついた仮説は素朴なものだった。この株価を支えることに利益のある側の人間が、資金力を背景に買い支えているのではないか。

根拠もあった。この銘柄の浮動株比率は、上場時点で発行済株式の5%程度しかない。日々の売買代金に対して、大口が動かせる余地は相対的に大きい。少額で価格を作れる構造は、確かに存在する。

先に結論を書いておく。この仮説は間違っていた。

正確には、「現象は実在したが、主体は存在しなかった」。今回はその調べ直しの記録である。

支え役なら、やらないことをやっている

最初に潰れたのは、公式な買い支えの線だった。

引受幹事による安定操作は、オーバーアロットメントの未行使分を買い戻す形で行われる。ところがこの案件では、グリーンシューは上場数日後に全数行使されていた。買い戻す弾が残っていない。加えて安定操作の期間は通常30日程度で、7月中旬には切れている。

会社自身の自己株買いも動機が薄い。857億ドルを調達した直後で、四半期の設備投資が180億ドル規模の会社が、株価維持に現金を使う理屈が立たない。決算前のブラックアウト期間でもある。個人が買うならForm 4が2営業日で出るので、それも確認できる。

ここまでは消去法である。問題は次だった。

支え役がいるなら、この値動きにならない。

守られていたはずの水準が、実際には階段状に切り下がっていた。110.85ドル、109.53ドル、108.66ドル、そして104.83ドル。日を追うごとに一段下がる。

意思を持った主体が価格を守るなら、水準に固執するはずだ。守る値段が毎日下がっていく防衛線は、防衛ではない。

そしてもうひとつ。この買い手は、115ドルでは売っている

戻りを抑えているのも同じ動きの一部だった。下で買って上で売る。支え役なら上では売らない。

現象は実在した。ただそれは「下限を作る力」ではなく、「値幅を圧縮する力」だった。ここが仮説の誤りの中心だ。

正体は、方向を持たない在庫調整だった

腑に落ちたのはオプション市場の側を見たときだった。専門用語を使わずに書く。

登場人物は3人。オプションを買う人、それを売るディーラー、そして株式市場である。

ディーラーの商売は、オプションを売って手数料的な利益を得ることだ。株が上がるか下がるかを当てる商売ではない。ここが起点になる。

たとえば「115ドルで買える権利」を売ったディーラーは、株価が上がると困る。渡す義務が現実化するからだ。そこで株を先に買っておく。ただし全部は買わない。まだ株価が110ドルなら、その権利が使われる可能性は低いからだ。

だから確率で割った量だけ持つ。可能性が3割なら3割、5割なら5割、7割なら7割。

結果として、株価が上がるたびに買い増し、下がるたびに売ることになる。

ディーラーの持ち株数と株価の関係株価が上がるほど、ディーラーが持つべき株数が増えるS字の曲線 持つべき株数(100株のうち) 30株 50株 70株 95株 株価が上がるほど、買い増すことになる 110ドル 115ドル 118ドル 125ドル 株価
図1:ディーラーが持つべき株数と株価の関係

逆側もある。「110ドルで売れる権利」を買った側に立ったディーラーは、株価が下がると得をしてしまう。中立でいたいので、株を買ってその得を打ち消す。下がるほど買う量が増える。戻ると減らす。

下がったら買い、戻ったら売る。

私が数日見ていた形は、これだった。

ディーラーは強気になったわけでも弱気になったわけでもない。約束を守るための在庫を、価格に応じて機械的に調整している。市場から見れば買い注文が入ったことに変わりはないが、そこに意思はない。

同じ日に110ドルで支えて115ドルで抑えるのも、矛盾ではない。110ドルの権利と115ドルの権利は別の商品で、ディーラーがどちら側に立っているかが違う。だから価格帯によって挙動が変わる。

価格帯ごとに符号が変わる110ドル以下では下がるほど買い、115ドル以上では上がるほど買う 上がるほど買う コール側のヘッジ。上昇が加速する 115ドル 買いと売りが拮抗する 日中の値幅が圧縮される 110ドル 下がるほど買う プット側のヘッジ。下落が抑えられる
図2:同じ日でも、価格帯によって符号が変わる

そしてこの機構は、価格水準に忠実ではない。オプションの建玉がどの価格に溜まっているかに追従する。だから防衛線が毎日下がる。

ただし断っておくと、私はこの銘柄の建玉の実数までは確認していない。板の挙動と整合する説明として最も素直だ、という以上のことは言えない。

「誰かが買い支えている」という私の感覚は、現象としては当たっていた。主体を人間だと思ったところだけが外れていた。

検証点は決算だった

この手の説明は、後から何にでも当てはめられる。だから検証できる形にしておく必要がある。

ちょうど8月4日に上場後初の決算があり、その2営業日後に大量のロックアップ解禁が控えていた。9億1,150万株。IPOで売り出された約6億3,900万株の1.4倍である。

私が立てた予測はこうだった。

  • 数字が良くても株価は戻らない。決めているのは業績ではなく供給スケジュールだから
  • 会社側が供給に手を触れる発表(ロックアップの自主延長など)をすれば話が変わるが、それはやらない。既に売る権利を得た初期投資家と従業員の利益を、外部株主のために放棄させることになるからだ
  • したがって、多少の上げを挟みながら結局下げる

決算の数字は、大幅なビートだった。

売上78.1億ドル(予想約68〜69億ドル)。純損失は5.41億ドル、1株あたり9セントの赤字で、予想の26セント赤字を大きく上回った。営業損失は前年同期の9.7億ドルから1.43億ドルまで縮小。3つの事業セグメントすべてがコンセンサスを超えた。Starlinkの加入者は1年で倍増して1,200万。通期ガイダンスは、24年の社史で初めて上方修正された。

株価は時間外で8%下げた。

決算前日の水準に、そのまま戻っている。

「AI企業」の中身は設備賃貸業だった

なぜビートで下がるのか。ここでもうひとつの構造が見える。

このIPOは「ロケット会社」として売られたわけだが、売上構成を見ると通信55%、AI 33%、宇宙12%である。ロケットが一番小さい。

そして注目のAI部門は、売上が前年同期比247%増の25.6億ドル。見出しは派手だ。

内訳を読むと、増加分18.2億ドルのうち16億ドルがデータセンターの貸し出しだった。Grokの利用が伸びたのでも、AIプロダクトが売れたのでもない。GPUの入った施設を他社に貸した収入である。同じセグメントに入っている旧Twitterの広告収入は、前年比14%減の3.67億ドルだった。

契約構造がもっと重要だ。ある大口顧客は、メンフィスのデータセンターを月額固定・3年間・独占で借りている。固定額ということは、そこから増えない。売上は契約開始時の期ずれで階段状に立ち上がり、その後は横ばいになる。

そして独占なので、同じ設備を他社に売れない。新規顧客を取るには新しい設備を建てるしかない。

数字を並べると性質がはっきりする。この四半期に獲得したクラウド契約の総額が141億ドル。同じ四半期のAI関連設備投資が158億ドル。投じた資本が、取れた契約の総額を上回っている。 しかも契約額は3年かけて認識される。

設備投資と契約額の比較AI設備投資の年換算632億ドルに対し、契約から見込める年間売上は47億ドル AI設備投資(年換算) 632億ドル 契約からの年間売上 47億ドル 契約総額141億ドルを3年で認識した場合の概算
図3:投じた資本と、そこから見込める年間売上

売上を伸ばす方法が設備を積む以外に存在しない。これはソフトウェアの経済ではなく、不動産賃貸の経済だ。

市場がAI企業に払う倍率は、ソフトウェアの粗利と規模の経済を前提にしている。設備投資が四半期184億ドルという実績に対して市場が反応したのは、金額の大きさそのものより、この比率だったのだろうと思う。

割高かどうかは、実は誰も断定できない。赤字なのでPERが使えず、通信のマルチプルを当てるのか、AIインフラなのか、データセンターの不動産なのかで答えが桁で変わる。34人のアナリストの目標株価が62ドルから800ドルまで開いているのは、そういうことだ。

不確定性そのものは投資機会になり得る。誰も値付けできないものを安く買えるなら、それは優位になる。ここで厳しいのは、不確定性が最大なのに倍率も最大級という位置にいることだ。同じ賭けを、事業構造が明確でもっと安い対象で取れる。

なお通信事業は本物である。四半期の営業利益17億ドル、前年比79%増。参入障壁も物理的だ。単体の会社だったら長期保有を検討したいくらいの内容だと思う。問題は、通信事業の価値だけでは現在の時価総額を説明できないことにある。

前回の記事の最後に、「スターリンクだけ買える株があったら買う」と書いた。あれから2ヶ月分の決算が出て、その願望は補強されただけだった。通信は強く、それを包む構造が価格を決めている。

「誰かが買い支えている」から始めて、着地したのは「意思を持たない機構が価格に反応して売買していた」という話だった。

これは面白かった。犯人を探していたら、犯人ではなく物理法則みたいなものが出てきた感覚である。

似た機構は市場のあちこちにあるらしい。指数の入れ替えに連動する資金、リスクパリティのリバランス、担保価値に応じた強制決済。どれも人が判断しているわけではないのに、価格に対して恒等式として売買が発生する。

そして機構のほうが、意思よりも読みやすい。何に追従しているかがわかれば次の行動が計算できる。「誰かの意図」に落としてしまうと、そこで考えるのをやめてしまう。

不自然な規則性を見たら、まず主体を探すのではなく制約を探す。今回いちばん勉強になったのはそこだった。回路をやっていた人間としては、むしろ馴染みのある発想だったはずなのだが。

もっとも、機構の側にも上限がある。オプション由来の売買量には天井があって、建玉が消える満期でその圧力自体が消滅する。数百億ドル規模の供給が来る局面では、丸め誤差になる。

その答え合わせは、これを書いている時点ではまだ出ていない。


参考

※本記事は特定銘柄の売買を推奨するものではない。株価および板の数値は観察時点のもので、出所によって差異がある。


この文章は原案・ディレクション:九頭龍、作文:AIで書いています。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

シェアする