非営利は、儲けないという意味ではない 〜FIFAのFFE計画から思ったこと〜

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4日で消えた計画

7月28日、FIFAが「FIFA Forward Enterprise(FFE)」という新会社の計画を発表した。男子・女子ワールドカップとクラブワールドカップの商業権と大会運営をそこへ移し、企業価値200億ドルと見て2割ほどを民間投資家に売る。筆頭投資家として名前が挙がったのは、Joshua Kushner が2026年4月に立ち上げた Thrive Eternal だった。加盟協会の回答期限は9月19日とされた。

英『The Times』の報道では、インファンティーノ会長が新会社のトップに就いた場合、報酬は現在の10倍以上になるという。

8月1日未明、FIFAは計画を撤回した。「この提案は進めない」。発表から4日だった。

引っかかったのは報酬の金額ではない。FIFAはスイス法上の非営利社団だ。利益を上げることを目的としない組織のはずだ。そこでなぜ、個人の報酬が10倍という話が成立しうるのか。

そしてもうひとつ。撤回されたのはなぜか。

前回、極端な結果に本人の性質がどこまで効くかを書いた。結論は「性質は必要条件であって、十分条件ではない」だった。今回はその続きになる。必要条件を通った人間が椅子に座ったあと、何をするかを決めているのは何か、という話だ。

善悪の判断は脇に置いて、仕組みのほうを順に見ていく。

先に結論を書いておく。

非営利という形が禁じているのは、利益の発生ではない。外部への分配だ。だから利益は消えない。内部者の裁量、威信、役得といった非金銭の権益に化けて、そこで泥沼になる。

そしてもうひとつ。外部に分け前を受け取る者がいないということは、外部に損得を勘定する者がいないということでもある。監視する動機を持つ人間が、構造的に存在しなくなる。

この二つで、計画が出てきた理由は説明できる。撤回された理由は、説明できない。だから最後に、自分の枠組みを直すことになる。

「非営利」が禁じているのは、分配であって発生ではない

出発点はHansmann(1980)の非分配制約(nondistribution constraint)だ。非営利組織論の基礎文献で、四十年以上引かれ続けている。

定義はシンプルだ。非営利組織が禁じられているのは、剰余を支配者に分配することであって、剰余を生み出すことではない。

FIFAは独占的な地位を持つ。ワールドカップに代替物は存在しない。だから取り分は出る。競争にさらされていない立場そのものから生まれる取り分で、経済学ではこれをレントと呼ぶ。FIFAの発表では2026年大会の収益見込みは150億ドルだ。

では、その剰余はどこへ行くのか。株主がいないので配当にはならない。ここで消えると考えるのが素朴な誤りで、実際には形を変える。

Glaeser & Shleifer(2001)とGlaeser(2003)が整理している。残余請求権者が不在の組織では、剰余は内部者に収奪されやすい。金銭ではなく、裁量、威信、組織の拡大、役得という形をとる。Niskanenの予算最大化官僚モデルも同じ構造だ。

つまり非営利という形は、取り分の受け取り方を非金銭に限定していただけだ。

そう見ると、FFEが何であったかがはっきりする。あれは非分配制約を解除して、非金銭の取り分を現金に変換する装置だった。

金銭だけの話でもない。FIFA規約ではインファンティーノ会長の任期は残り1期だ。CBSは、新会社のトップという席が、2031年より先まで続く「コミッショナー」的な地位を作る手段に見えた、と書いている。任期制限は、非金銭の取り分に付いていた期限だ。会社を作れば、その期限も外れる。

監視というのは、外からしかできない

冒頭に置いた二本目、外部に受益者がいないので監視者もいない、のほうを確かめる。

Pielke Jr.(2013)が Sport Management Review で、FIFAに対する説明責任の機構をひとつずつ潰している。国家(スイスの社団法しか及ばない)、市場、スポンサー、加盟協会、メディア。結論は、FIFAを説明責任に服させる手段はほとんど存在しない、だった。

会社に置き換えるとわかりやすい。加盟協会の立ち位置は、社員や取締役に近い。組織の中で仕事を割り振られ、予算を配分され、その配分に生活が乗っている。おかしいと思えば声は上げられる。会議で反対もできる。だが、声を上げる場所が相手の作った場所だ。

外部の株主は違う。彼らは請求権の束を持っている。議決権、帳簿の閲覧、代表訴訟、そして持ち株を売る自由。この最後のものが効く。売られれば株価が下がり、経営陣の首が現実の危険にさらされる。外にいて、なお具体的な請求権を握っている者だけが、権力構造を揺さぶれる。

FIFAには、この外部株主にあたる者がいない。構造で言えばこうなる。株式会社は残余請求権が譲渡できるから、経営が劣化すれば買われる。非営利社団にはそれがない。経営権市場による規律はゼロだ。

実際、これまでFIFAに手が届いたのは、まったく別のフックを持っていた外国の刑事当局だけだった。2015年の米司法省の起訴は、ドル決済とRICOという迂回路を使っている。スイスも動いたが、2014年のPEP指定にせよ、2016年7月施行の民間贈収賄の犯罪化にせよ、事件が起きたあとの立法だ。

ここまでが、計画が出てきた理由の説明になる。取り分があり、外に監視者がいない。だから提案は成立しうる。

211票を買う、という算数

では、そういう組織のトップにはどういう人間が座るのか。

FIFAは一協会一票だ。211協会。スペインもサンマリノも同じ一票。会長選で過半数を取るには106票必要だが、その106票は人口とも競技力とも無関係に集められる。

この設計下での最適戦略は、政治学のセレクトレート理論(Bueno de Mesquita et al.)が予測している。勝利連合が安く買えるとき、指導者は公共財(競技の質、ガバナンス)ではなく私的財(開発資金)で連合を維持する。

今回提示された数字が、そのまま答え合わせになる。報道によれば、FFEに賛成した協会には1協会あたり3010万ポンド、およそ4000万ドルが提示された。現行のFIFA Forward配分は4年間で800万ドル規模とされる。

モデルの予測と、実際に机の上に置かれた数字が一致している。ここは同じ報道で誰でも確かめられる。

FIFAに特化した研究もある。Geeraert(2018)は国際競技団体の腐敗を「悪いリンゴ(bad apples)」ではなく「悪い樽(bad barrels)」の問題として整理した。人ではなく構造が生む、という主張だ。さらにGibel, Überbacher & Scherer(2026)は2016年から2024年のFIFAを縦断的に追い、反腐敗改革がどう巻き戻されたかを分析している。「自浄作用が働くまで」ではなく、「自浄作用が解体されていく過程」の研究だ。

「嫌われても平気」は、制約が外れているという意味

ここで報酬の話に戻る。

経営者報酬には、最適契約説とは別に、Bebchuk & Fried(2004)の経営者権力アプローチがある。報酬は市場でも取締役会でもなく経営者の交渉力で決まり、その上限を画するのは「世間の憤慨コスト」だ、という見方だ。彼らはこれをアウトレイジ制約(outrage constraint)と呼んだ。

この枠組みでは、周囲の反発に鈍感な人物は、制約が緩い分だけ多く抽出できる。

ただし論理は精密にしておきたい。恥知らずさは十分条件ではない。制約の緩和条件だ。先に取り分が存在し(非分配制約)、監視が不在であり(説明責任の欠如)、そのうえではじめて効く。三つが揃ってはじめて、性格の差が金額の差になる。

前回と同じ形になった。性質は必要条件の段で効く。十分条件の空白を埋めるのは構造だ。

自分の枠組みが外した部分

ここまでで、計画が出てきた理由は説明できた。だが撤回の説明ができない。

この枠組みの素直な予測は、「加盟協会が反対しても声だけなので、次の総会まで持たない」だった。実際には4日で終わった。予測を外している。

外した理由をはっきりさせておきたい。私は、加盟協会には退出という切り札がないと考えていた。ワールドカップから降りる選択肢が事実上ないだろう、と。

だが、UEFAの55協会は木曜にFIFA主催大会のボイコットで合意した。AFC、CONCACAF、CONMEBOLも反対に回った。

これは声ではない。退出だ。

しかも、この退出は株主の「売り」より強い。株主が売っても会社は製品を作り続けられる。加盟協会が降りると、ワールドカップという製品そのものが作れない。彼らは配分の受け手であると同時に、商品の生産要素そのものだった。200億ドルという値付けは、いい代表チームが出てくることを前提にしている。生産要素が降りると値付けが消える。

つまり加盟協会は、外部株主より弱い立場にいるどころか、外部株主が持っていない種類の請求権を握っていた。私はそこを取り違えていた。

しかもこれは初めてではない。2019年、欧州クラブ協会は新クラブワールドカップへの不参加を通告した。2021年の隔年ワールドカップ構想も、欧州協会の離脱示唆で消えた。同じ経路が三度作動している。偶然ではなく、機構だ。

ただし、この機構の限界も同じくらい明確だ。

第一に、高い。ボイコットは自分も損をする。55協会の合意が必要で、日常的には使えない。

第二に、取引にしか効かない。今回作動したのは、計画が加盟協会の賛成を必要としたからだ。承認を求めた瞬間に、拒否の窓が開いた。承認を要しない運用は、この経路の射程外にある。

第三に、椅子に届かない。計画は消えたが、会長は在職している。UEFAが「現在のFIFA指導部はUEFAの信頼を失った」と述べたのは、信頼を失った相手を降ろす手段がないという意味でもある。

要するに、これは組織の監視装置ではない。個別の取引に対する拒否権だ。取り分も、監視の空白も、選抜の設計も、そのまま残っている。

取得の根拠と、処分の方法が食い違っている

この件で本当に問われていたのは、報酬の金額ではないと思う。

ワールドカップという資産は、「FIFAは公共財の受託者である」という約束のもとで、百年かけて積み上がった。放送局もスポンサーも各国協会も、その約束の上に金と権利を預けてきた。

その約束を解除して、資産だけを現金化する。取得の根拠と、処分の方法が食い違っている。

UEFAの「サッカーの魂とガバナンスは、取引される資産ではない」という声明が突いている一点は、法的に正しいと思う。

それを止められる主権国家は、今回も現れなかった。止めたのは、内側にいて生産要素を握っていた者たちだった。そしてその手は、次も同じように使えるとは限らない。

——ここまでが、FIFAという一組織の話だ。だがこの機構は、スポーツ団体に固有のものではない。次回は、まったく別の場所で動いている同じ仕掛けを見る。


参考

  • 前回の記事「極端な成功に、本性はどこまで効くか」 — リンク
  • 撤回までの経緯(RTÉ / Press Association) — リンク
  • 撤回の報道(CNN) — リンク
  • UEFAの信頼喪失表明、任期と「コミッショナー」的地位の観測(CBS News) — リンク
  • 3010万ポンドの提示額と9月19日の期限(Sky Sports) — リンク
  • コルデイロ顧問の辞任とAFCの反対(NBC News) — リンク
  • 2019年の欧州クラブ協会によるクラブワールドカップ不参加通告 — リンク
  • 2026年大会の収益見込みほか(Forbes JAPAN) — リンク
  • Hansmann (1980) “The Role of Nonprofit Enterprise”, Yale Law Journal 89 — リンク
  • Pielke Jr. (2013) “How can FIFA be held accountable?”, Sport Management Review 16(3) — リンク
  • Gibel, Überbacher & Scherer (2026) “Anti-corruption Reforms and Retrenchment in International Sport Federations: The Case of FIFA”, Business & Societyリンク
  • スイスの “Lex FIFA”(swissinfo) — リンク
  • Glaeser & Shleifer (2001) “Not-for-profit entrepreneurs”, Journal of Public Economics 81(1)(書誌のみ)
  • Bebchuk & Fried (2004) Pay Without Performance, Harvard University Press(同上)
  • Bueno de Mesquita, Smith, Siverson & Morrow (2003) The Logic of Political Survival, MIT Press(同上)
  • Geeraert (2018) “‘Bad barrels’: Corruption in international sport federations”, in Kihl ed., Corruption in Sport, Routledge(同上)
  • Hirschman (1970) Exit, Voice, and Loyalty, Harvard University Press(同上)

この文章は原案・ディレクション:九頭龍、作文:AIで書いています。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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