日本人選手はなぜ安いのか 〜エージェント犯人説を棄却するまで〜

最終更新日

戦術の話は前回書いたので、今回は市場の話だ。

W杯を通して見て、日本人選手の個々の実力はもう世界の一線と並んでいると感じた。私はそう見ている。

ただ、ひとつずっと引っかかっていることがあった。

値札が安い。

久保建英や中村敬斗の移籍話はなかなかスムーズに進まない。進んだとしても金額が相対的に安い。

一方でつい先日、ドルトムントがヘンクの18歳MFコンスタンティノス・カレツァスを、移籍金3300万ユーロ(約61億円)で獲得することに合意したと報じられた。18歳に61億円がつく世界で、「活躍間違いなし」レベルの日本人若手が30億円。この不整合はなんなのか。

最初に疑ったのはエージェントだった。クラブ間の利害をまとめるのがエージェントの仕事なわけで、それが機能していないなら力量が足りないのではないか、と。

先に結論を書いておく。この仮説は間違っていた。今回は、私がこの「エージェント犯人説」を調べて、棄却して、最終的にどこに肚落ちしたかの記録である。

調べたら、エージェントはもう一流だった

まず事実確認から。

久保建英の代理人は2025年5月からSport360。クロースが株主に名を連ね、ナーゲルスマンやヴェルナーを抱えるドイツ最有力級の事務所だ。中村敬斗も2025年9月にパリ拠点の大手へ移った。

そしてこのSport360、日本人担当のスタッフを窓口に、この1年ほどで菅原由勢、瀬古歩夢、小川航基、塩貝健人、さらにW杯後には鎌田大地まで、日本人を一気に集めている。板倉滉と守田英正は英CAA傘下のCAA Base。南野拓実と上田綺世は日本発のSARCLE。遠藤航と伊藤洋輝はユニバーサルスポーツジャパン。

つまり日本人選手のトップ層は、欧州のインナーサークルに入る事務所への移行をすでに終えている。しかも主導したのは欧州大手の側だ。先に商機に気づいて、日本市場を組織的に取りに来ている。

ちなみに欧州列強の最上位はどうなっているかというと、実は事務所ですらない。ベリンガムは父親(FIFA公認代理人として登録されている)、ケインは兄、ムバッペは母親が自ら設立した会社。圧倒的な売り手になった選手に、ネットワークはもう要らない。必要なのは弁護士と税理士だけだ。代理体制というのは選手の市場交渉力の関数である。

というわけで、エージェントの「質」はもう問題ではなかった。それでも値札の差は残っている。

犯人は別にいる。

60億の正体はオプション価格

ここからは投資の言葉で書く。私にとってはこちらの方が母語に近い。

カレツァスの61億円は、実力の現在値ではない。あれはコールオプションの価格だ。

数字を見てほしい。カレツァスの2025-26シーズンの成績は、公式戦49試合で3ゴール18アシスト。18歳の中盤としては素晴らしい数字だが、61億円分の「実績」ではない。ドルトムントが買っているのは実績ではなく、16歳でトップリーグにデビューし、18歳でベルギー屈指の強豪の中心にいるという早熟性のシグナル、つまり上振れの可能性そのものだ。

こういう若手の3人に2人は、パッとしないまま終わる。それでも値付けが成立するのは、当たった1人が2倍、3倍になるからだ。ポートフォリオとして期待値が合うなら、個々の勝率が30%でも買える。まんまベンチャー投資である。

対して「活躍間違いなし」の日本人24歳はバリュー株だ。フロア(下値)は高い。ただテール(上振れ)が切れている。そして移籍金市場はフロアには払わない。分散と残存期間に払う。確実性はディスカウント要因で、ボラティリティがプレミアム要因。そういう倒錯した価格式で動いている市場なのだ。

ここで当然の反論がある。

「同じ欧州で、同じ年齢で、まだ未完成の段階で移籍する日本人はいる。堂安も上田もそうだった。その時に60億なんて話は出なかったぞ」

そのとおり。年齢でも完成度でも説明がつかない差が、まだ残る。ここが一番考えさせられたところだった。

市場は個人ではなく「母集団」に値付けしている

未実証の若手のオプション価格は、本人のデータが薄いぶん、所属する母集団の過去分布から推定される。

ベルギーの18歳の背後には、ドク、デ・ブライネ、アザールという大化けの実現例がある。ブラジルの19歳の背後にはヴィニシウスがいる。買い手は「この母集団からは時々100億円選手が出る」ことを観測済みだから、テールを織り込んだ価格を払える。

では日本人という母集団の観測済み最大値はいくらか。

調べて驚いた。欧州市場での最大値は、2001年の中田英寿である。

ローマからパルマへ、2840万ユーロ(約33億円)。その1年半前のペルージャからローマへの移籍も2170万ユーロで、これは当時の移籍市場で8番目の高額だった。アンリより上である。つまり2001年の中田は、欧州のトップ価格帯のど真ん中で値付けされていた。

問題は、この記録が四半世紀のあいだ一度も更新されていないことだ。

香川真司のドルトムント→マンチェスター・ユナイテッド(2012年)は実は中田の半分以下。近年でも遠藤航のリバプール移籍が2000万ユーロ、冨安のアーセナルが2000万ユーロ強で、中田の水準に届いていない。この25年で世界の移籍金相場は5〜8倍にインフレした。名目ですら破られていない天井は、実質で見ればむしろ大きく沈んでいる。

なお名目の歴代1位は厳密には中島翔哉の3500万ユーロ(2019年)だが、払ったのはカタールのアル・ドゥハイルだ。三笘への約132億円もアル・ナスル。つまり日本人に対してテール価格を提示した買い手は湾岸マネーだけで、欧州の買い手は湾岸の値付けを参照クラスに算入しない。欧州の帳簿の最終更新は、いまだに2001年のままである。

四半世紀も上限が更新されていない母集団に対して、合理的な買い手は60億のオプションを引き受けられない。保険数理的にアンダーライトできないのだ。そして上限を破る選手が出ない限り、上限を超える価格は誰にもつかない。綺麗な循環である。

この仮説の強い傍証が韓国だ。同じ東アジアなのに、ソン・フンミンは2015年に約30M€でトッテナムへ、キム・ミンジェは2023年に約50M€でバイエルンへ移籍している(金額はいずれも報道ベース)。韓国はこの四半世紀にテールイベントを2回起こしている。だから韓国人若手の値付けの天井は、日本人より上にある。

差を作ったのは身体でも技術でもない。母集団の帳簿に実現例が記帳されたかどうかだった。

誰かが最初の一件を成立させないといけない。ただ、個人には頼めない

ということは、日本人の値札を書き換える方法はひとつしかない。誰かが最初の「60億超え」を成立させることだ。

ここで三笘薫の話をしなければならない。

三笘には今年1月、アル・ナスルから約132億円のオファーが2度あった。昨年5月にはバイエルンが最大45M€での獲得を検討していたと独Bildが報じている。日本人初のテールイベントになり得る話が、2度、実際にテーブルに載っていた。

だが移籍は成立せず、その後、負傷が重なってW杯出場も逃し、契約は残り1年に入った。

誤解しないでほしいのだが、私は三笘の判断を批判する気は全くない。ブライトンは面白いサッカーをするいいクラブで、出場がほぼ保証された環境は選手として十分に好ましい。彼の選択は、判断した各時点において合理的だった。

問題は構造の側にある。

カテゴリーの天井を破る移籍が成立したとき、その利益は「以後のすべての日本人選手の値札」に分配される。公共財だ。ところが失敗のリスク——移籍先で干される、怪我、キャリアの短縮——は挑戦した個人が全額負担する。利益は公共、リスクは私的。この非対称の下で個人が保守的に振る舞うのは正しい。

つまり、歴史の塗り替えを個人の勇気に頼ってはいけない。

テールイベントを「起こすと儲かる主体」を作る

ではどうするか。リスクとリターンが同じ側に乗っている主体を作ることだと思う。候補は三つある。

ひとつめ、売却側のJクラブ。

転売条項(sell-on %)を持つクラブは、選手が高く再販されるほど儲かる唯一の当事者だ。ところが現状、日本人選手はベルギーのクラブに1〜3億で渡り、10〜20億で転売され、差益はベルギーのクラブに落ちている。冨安がそうで、上田がそうで、伊東がそうだった。

冒頭のカレツァスの売り方と比べるとわかりやすい。ヘンク(伊東純也の所属クラブでもある)は、届いたオファーをすべて拒否した上で最大3500万ユーロを要求し、ミランやPSGの関心を背景に競りを立たせ、最終的に3300万ユーロでドルトムントに売った。しかも報道によれば、契約にはドルトムントが将来カレツァスを転売した場合の利益分配条項まで含まれている。生え抜きを高く売り、売った後の上振れまで確保する。値付け装置とはこういうことだ。

ベルギーは偶然そうなったのではない。政府が法律を変えて15歳でのプロ契約を可能にし、国外から獲得した若手選手の所得税の一部をクラブに還元する税制まで作って、「若手有望株の取引所」を国策で運営している。値付け装置は既に存在していて、それを他国に貸しているのが今の日本だ。

ふたつめ、カテゴリー戦略を張るエージェント。

Sport360の日本人6人まとめ抱えは、この文脈で読める。1人が壁を破れば残り5人の値札が書き換わるのだから、事務所として「最初の一人」に先行投資するのはポートフォリオとして合理的だ。個々の交渉術ではなく、日本人というアセットクラスの再格付けを仕掛けられるか。エージェントの力量が本当に問われるのはここだと思う。

みっつめ、日本資本の欧州クラブ。

実はこの装置も既にある。DMMが保有するシント=トロイデンだ。冨安も遠藤航も鎌田も、ここを経由して欧州でのキャリアを立ち上げた。日本人選手が欧州に入るための受け皿として、シント=トロイデンはとてもよくやっていると思う。そこはリスペクトしたい。

もう一歩望みたいのは、シント=トロイデンから一発目でビッグクラブへ売る事例づくりだ。冨安はボローニャを経てアーセナルへ、遠藤はシュトゥットガルトを経てリバプールへ行った。いちばん値幅の大きい最後の取引を成立させたのは、いずれも中間のクラブで、シント=トロイデンはその手前で売っている。ここが直販に変われば、育成から高値売却までを日本資本が一気通貫で持つ最初の装置になる。

エージェントを疑うところから始めて、着地したのは「日本には自前の値付け装置がない」という話だった。

選手個人の実力は、もう追いついている。追いついていないのは、その実力を価格に変換する市場側のインフラだ。そしてこれは才能の問題ではなく設計の問題なので、直せる。

キム・ミンジェの50M€が韓国の事前分布を書き換えたように、最初の一件が成立した瞬間、それ以降の全員の値札が変わる。それを個人の蛮勇にではなく、儲かる仕組みの帰結として起こせるかどうか。

W杯の余熱が残っているうちに考える価値のあるテーマだと思う。


参考


この文章は原案・ディレクション:九頭龍、作文:AIで書いています。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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