理由を言わなければ、前例にはならない

サッカーには、子どもでも知っているルールがある。

退場したら、次の試合には出られない。

カードに意味があるから、抑止が効いている。小学生の地方リーグでも、大人のW杯でも、それは同じはずだった。

7月1日、アメリカ対ボスニア・ヘルツェゴビナの64分。アメリカのバログンが相手の足首を踏み、VAR判定で退場した。重大な反則である。今大会3得点、チームの得点王だ。規律委員会は7月5日、1試合の出場停止と4万ドルの罰金を科した。

そして同じ日に、その出場停止の執行を、1年間の猶予付きで停止した。

根拠は規律規定27条。司法機関は懲戒処分の執行を全部または一部停止でき、その場合は1年から4年の猶予期間を課す、という条文だ。

条文はそれだけである。

どういう場合に発動できるのか、書かれていない。誰が申請できるのか、書かれていない。理由を説明する義務も、書かれていない。八百長には使えない、という制限がひとつあるだけだ。

つまり27条は、権限だけがあって、要件が無い。

さて、ここで比較対象を置きたい。

同じ決勝トーナメント1回戦、メキシコ戦の54分。イングランドのクアンサーがガジャルドへのハイチャレンジで、VAR判定の末に退場した。重大な反則である。バログンとまったく同じ理由だ。

FIFAはこれを2試合に加重した。準々決勝も準決勝も出られない。決勝まで行かないと戻ってこられない計算になる。

ここで「イングランドが不当に重い罰を受けた」と読むと、たぶん間違える。

元主審でFOXの解説をしているクラッテンバーグが指摘している。この手のチャレンジは従来から自動の1試合に反則の性質による1試合が乗って2試合になるのが通例で、今大会でもカタールの選手のファイルでカナダの選手が骨折した件では5試合だった。だから2試合は妥当だし、一貫している、と。ただし、と彼は付け加えている。バログンの件を除けば、の話だ。

つまりクアンサーは加重されたのではない。標準を受け取っただけである。

これが厄介なところだ。標準が見えてしまっている。標準が見えるということは、そこから外れた一点も見えるということである。

FIFAは7月6日に声明を出した。読むと三段構えになっている。第一に、規律規定にもW杯26大会規定にも、委員会が27条の裁量を行使することを禁じる条項は存在しない。第二に、レッドカードの法的結果を見直すこと自体は現代サッカーで珍しくなく、欧州の主要リーグでは日常的に行われている。第三に、司法機関は独立しており、規定と個別の事実に基づいて自律的に判断する。

三つとも「やっていい」という話だ。

抜けているのは、この一件の何が、他の全てのレッドと違って例外に値したのか、である。同じ大会で、同じ「重大な反則」が、片方は2試合になり、片方はゼロになった。その差が何だったのかは、一言も説明されていない。

あくまで個人的な見解だが、バログンのレッドは少々不運な部分もあったように思う。恐らくバログンの視野から相手の足は見えてなかったと思うし、ジャンプのあとの不安定なタイミングだから自らの姿勢のコントロールが難しかったかも知れない。しかしルールはルールだ。スパイクの裏を見せて相手にアタックすることは何の疑いもなく、問答無用でレッドカードの対象である。

FIFAはそれを言えば良かったのではないか?いや、そうではない。このような理由を述べて出場停止を猶予したらむしろ厄介な問題を引き起こすのだ。詳細は後述する。

第二の反論はすり替えでもある。リーグでのレッド取り消しは、カードそのものが誤審だったかを審査する手続きだ。ところがFIFAはカードを撤回していない。判定は有効なまま残し、4万ドルの罰金まで科した上で、結果の執行だけを猶予した。カードは正しいが罰は免除、という処理である。誤審でしたとは言えない。現に残っているのだから。

ベルギー協会は異議を申し立てた。しかし26大会規定9.6は、プレーに関わる主審の判断への異議申立てを認めていない。道は元から塞がっている。申立ては却下された。

ここでフランスが動いた。

準々決勝を前に、オリセに出たイエローカードの取り消しを申請したのだ。相手のシャツを掴んだだけで顔には触れていない、というのがフランスの主張である。もう1枚もらえば準決勝に出られない。この大会で5アシスト、絶好調の選手だ。

これで堰が切れる、と各所が書いた。一人に例外を認めた以上、他も申請してくる。当然の流れに見える。

だが、私はそうはならないだろうと思っていた。

前例になるには、理由が要るからだ。

FIFAは理由を語っていない。ということは、フランスには援用すべきものが無い。「バログンと同じ理由で」と言おうにも、その理由が公表されていない。存在しない基準は、誰にも使えない。

現に、フランス協会はこの申請に妙な言い添えをしていた。これはバログンの件とは無関係で、オリセの案件それ自体の正当性に基づくものだ、と。

援用できないから、無関係だと言うしかなかったのだと思う。

却下された。

フランス代表監督のデシャンが、会見でそれを明かしている。水曜の朝にFIFAから決定が届いた、オリセのイエローカードは維持された、と。

そしてほぼ同じタイミングで、クアンサーの2試合が確定している。同じ委員会が、片方に標準を渡し、片方に門前払いを渡した。その数日前に、一人だけ例外を出していた。

堰は切れなかった。ドアは一度だけ開いて、閉じた。

説明しないことは、権限を守る最も効率的な方法だったわけである。

理由を言えば、次からは全員がその理由を持ってくる。言わなければ、誰も持ってこられない。一度だけ開いて閉じるドアを作りたいなら、鍵の形を絶対に見せてはいけない。

イングランド代表監督のトゥヘルが会見で漏らしていた。誰が、いつ、どんな根拠でこれを覆すのか、と。そして、どこまで行くのか、と。

答えは出た。どこにも行かなかった。

そして、これが27条の設計そのものなのだと思う。

発動要件が書かれていないルールは、誰が発動できるかも書かれていない。書かれていない以上、それは条文の外側で決まる。条文の外側に何があるかは、その時々の事情による。

(T氏とI氏がどうこう、という報道はもちろんあるけどね!)

バログンはベルギー戦に出場した。アメリカは1-4で負けて、大会から消えた。

クアンサーは準々決勝も準決勝も欠場した。イングランドは今朝、アルゼンチンに1-2で負けて、クアンサー不在のまま悲願の決勝進出の夢は潰えた。

例外を受け取った側も、標準を受け取った側も、両方消えた。

残ったのは27条。理由を説明されないまま、条文はそのまま次の大会に持ち越される。あの一件が何だったのかは、もう誰にも参照できない。参照するための理由が、最初から公表されていないからだ。

うちの子どもたちはたぶん、まだ、退場したら次の試合には出られないと思っている。

それでいい。ルールというのはそういうものだ。

この文章は原案・ディレクション:九頭龍、作文:AIで書いています。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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