【番外編 vol.2】英国はなぜ”戦術後進国”だったのか

最終更新日

―― 1966年の亡霊と、データに化けた信仰


前回(vol.1「現代戦術・発明年表」)の最後に、私はこう書きました。主人公が本当に戦わなければならなかった相手は、対戦相手のクラブではなかった、と。

それは、「1966年に世界一を獲った」という栄光にしがみつき、戦術改革を拒み続けたイングランドという国そのものでした。

サッカーを生んだ国が、なぜ20世紀の終わりまで「戦術後進国」と呼ばれ続けたのか。今回は、主人公が立ち向かった”敵の正体”の話をします。これは半分、本当にあった歴史の話です。


1966年の、たった一度の栄光

1966年、ワールドカップ自国開催。ジェフ・ハーストのハットトリックで、イングランドは初めて――そして、いまのところ唯一――世界の頂点に立ちました。

問題は、その後です。

二度と獲れなかった。にもかかわらず、いや、だからこそ、協会も、年配の世代も、メディアも、「世界一を獲った国」というアイデンティティから降りられなくなった。過去の栄光が、未来への扉を内側から押さえてしまったのです。

「我々のやり方は、現に世界一になった。何を変える必要がある?」――この問いの前で、戦術改革は精神的な抵抗にぶつかり続けます。物語の主人公が、3部の弱小クラブで未来の戦術を持ち出すたびに浴びせられるのも、つまるところこの一言でした。


データに化けた信仰 ―― チャールズ・リープという男

ここが、この話のいちばん厄介で、いちばん面白いところです。

イングランドの「ロングボール主義」には、ただの根性論ではない、“知的に見える”バックボーンがありました。チャールズ・リープという、元・英国空軍の会計士です。

彼は1950年代から、試合を手作業で記録し続けました。膨大なデータの末に、彼はこう結論づけます。「ゴールの大半は、3パス以内の攻撃から生まれている」。ならば、つなぐ必要はない。前へ蹴れ。最短で運べ――ロングボール最適論の誕生です。

データに裏打ちされているように見えるから、反論しにくい。けれど、ここには致命的な穴があります。

そもそも、試合中のプレーの8割が「3パス以内」で終わっているのです。つまり、ゴールの大半が3パス以内から生まれるのは当たり前で、それはロングボールが優れている証明には、まったくなっていない。相関を、因果と取り違えている

この穴に気づかないまま、リープの理論はチャールズ・ヒューズに受け継がれ、1990年の著書『The Winning Formula』で、ついに協会の公式教義になります。数字の顔をした信仰が、国家の戦術を縛ったのです。

主人公が戦ったのは、頑固な老人たちというより、この「数字に見えるから反論できない」構造そのものでした。


余談 ―― 私たちは、それを「イングランドキック」と呼んでいた

少し、個人的な思い出を挟ませてください。

私が中学から高校に上がる頃――1990年代です――WOWOWで海外サッカーが少しずつ見られるようになり、「ダイヤモンドサッカー」で海外リーグの試合に触れるようにもなってきました。ブラウン管の向こうに、初めて”世界”があった時代です。

その頃、仲間内で呼んでいた言葉があります。ディフェンスラインから、コーナーフラッグめがけて思い切り蹴り上げる、あの長いボール。私たちはそれを――「イングランドキック」と呼んでいました。

誰が言い出したのかは、もう覚えていません。ただ、少年の目にすら「これはイングランドのやつだ」と分かってしまうくらい、その蹴り方には”お国柄”が染みついていた。リープの統計も、ヒューズの教義も知らないまま、私たちは長いボールの美学の正体を、なんとなく肌で感じ取っていたのだと思います。

いま思えば、あれこそが、この記事で書いてきた「後進性」の、いちばん分かりやすい手触りだったのかもしれません。


“実証例”としてのウィンブルドン

理論には、輝かしい実証例まで現れます。

ウィンブルドンFC。「クレイジー・ギャング」と呼ばれた彼らは、4部から1部へ駆け上がり、1988年にはFAカップを制してしまいます。極端なロングボールと、フィジカルな威圧。リープとヒューズの理論を、結果で証明してみせた集団でした。

物語の主人公が率いるワンドル・ワンダラーズは、奇しくも彼らとよく似た立ち位置にいます。「南部の下部クラブが頂点を目指す」という同じ夢を、まったく正反対の方法で叶えようとする。ウィンブルドンは、ワンドルにとっての哲学的なアンチテーゼなのです。


それでも、抗った人たちがいた

この国が全員、過去に縛られていたわけではありません。史実のなかにも、同じ”敵”と戦った革新者たちがいました。物語の主人公は、彼らと並走するように描かれます。

ブライアン・クラフ。地方クラブのノッティンガム・フォレストを、1979年・1980年と欧州連覇に導いた巨人。協会に嫌われ続けた革新者であり、主人公にとっては「先輩格」であり、鏡像でもあります。

ケニー・ダルグリッシュ。プレイングマネージャーとして率いたリヴァプールは、当時の英国で数少ない、現代に通じる「パス&ムーブ」が機能していたチームでした。ワンドルが1部で最初にぶつかる壁。なお、1989年のヒルズボロの惨事は、多くの命が失われた、フットボールの歴史における深い悲しみとして、この時代に影を落としています。彼の1991年の退任は、一つの時代の境目でもありました。

アレックス・ファーガソン。1986年にマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任。「最初の3年は結果が出なかった」という史実は、未来の覇者になる男ですら時間を要したという事実として、主人公の苦境をそっと正当化してくれます。そして1992-93シーズン、彼は初代プレミアリーグ王者になる。物語の主人公と、完全に同じ時代を走る男です。

(――サッキが90年代に語った「同じシステムを5年磨けば、世界一になれる」、あれは本当だ。世界の主流は『年に1項目だけ磨く』方向にある。今、それをイングランドでやってるのはたぶん、俺だけだ)

過去の革新者クラフ。同時代の最強ダルグリッシュ。未来の覇者ファーガソン。この三人の実在の巨人と並走しながら、主人公は「数字に化けた信仰」を、一つずつ崩していくことになります。


次回 ―― 主人公の”武器”そのものへ

ここまで二回で、「いつ戦術が生まれたか」(vol.1)と、「主人公が戦った敵は何だったか」(vol.2)をお話ししてきました。

シリーズ最終回のvol.3では、いよいよ主人公自身の武器に踏み込みます。彼が未来から持ち込み、α(アルファ)から θ(シータ)まで一つずつ解禁していく、9つの戦術。弱小クラブを世界の頂点へ運んだ設計図の、その中身を並べます。

どの戦術が、どんな順番で”決まって”いくのか。――次回、シリーズ最終回でお会いしましょう。


『EXTRA TIME』について

引きこもりだった男が、1980年のロンドンで28歳のイングランド人ディフェンダー「ジェームズ・ブレナン」として目を覚ます。頭の中にあるのは、半世紀分の戦術史。彼は3部の弱小クラブを率いて、未来の戦術を”まだ存在しない概念”として実装しながら、世界の頂点を目指します。

ここで語った”敵の正体”と、主人公がそれをどう乗り越えていくのかは、ぜひ本編で。

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著/九頭龍 雄一郎


※ 史実の人物(リープ、ヒューズ、クラフ、ダルグリッシュ、ファーガソン等)は、敬意ある中立的な描写に留めています。戦術史の解釈は「物語の主人公の認識」をベースにしており、厳密な史実の断定ではありません。引用した(――…)は、主人公ジェームズ・ブレナンの心の声です。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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