【番外編 vol.1】あなたが”当たり前”だと思っているサッカー戦術は、いつ生まれたのか

最終更新日

―― 2020年代の戦術知識を持った男が、1980年のロンドンに転生したら


拙作『EXTRA TIME』の主人公は、半世紀分の戦術史を頭の中に詰め込んだまま、1980年5月のロンドンに放り込まれます。偽9番、ゲーゲンプレス、GKビルドアップ、ハーフスペース――いまや解説動画でも当たり前に飛び交うこれらの言葉を、彼は「まだ世界の誰も言語化していない未来の概念」として、一つずつ実装していくことになります。

この番外編では、本編の戦術描写から「戦術の部分だけ」を抜き出して、三回に分けてお話しします。第1回の今回は、その背骨になる 発明年表 です。

あなたが地上波の解説でうなずいているあの戦術は、いったいいつ・誰が・どこで発明したものなのか。そして、それを20年早く持ち込んだら何が起きるのか。よかったら、しばらくお付き合いください。


1953年 ―― すべては「偽9番」から始まった

物語の起点より、さらに四半世紀ほど前。1953年のウェンブリーで、イングランド代表は屈辱を味わいます。ハンガリー代表のヒデクチが、本来センターフォワードがいるべき場所からふっと「消える」。ディフェンダーは誰をマークすればいいのか分からなくなり、空いた中央を別の選手が突く。結果は 6対3。母国が初めて、外国チームにホームで完敗した日でした。

これが、いわゆる 偽9番(ファルソ・ヌエベ) の原型です。

驚くべきことに、この戦術が本格的に蘇るのは、それから半世紀以上あとのこと。2009年前後、メッシを最前線に置きながら「最前線からいなくなる」ペップ・グアルディオラのバルセロナでした。1953年に世界を震わせた発想が、長い眠りについていたわけです。

主人公はこの戦術を、史実より17年早く解禁します。

(――エプシロン(第五)、解禁。偽9番。1953年ヒデクチ、ウェンブリーで6-3でイングランドを粉砕した時の衝撃の戦術。本格的に蘇るのはペップのバルセロナ、2009年。今、それより17年早く、解禁する)


1970年代 ―― クライフと「全員攻撃・全員守備」

オランダのアヤックス、そしてクライフが体現した トータルフットボール。選手がポジションに縛られず、入れ替わり続けながら攻守をこなす流動性。いま私たちが「ポジションチェンジ」と何気なく呼んでいるものの、思想的な源流です。

ただし、これは長らく「大陸の特殊な芸術」として、海峡の向こうに閉じ込められていました。島国・イングランドのサッカーは、まったく別の進化を遂げていきます(その話は第2回で)。


1980年代 ―― サッキとロバノフスキー、戦術の「科学化」

物語の舞台となる時代。ここで二人の革命家が現れます。

ひとりは、イタリアのアリーゴ・サッキ。マンマークを捨て、ピッチを区画で守る ゾーンディフェンス。そして奪いどころを設計して全員で連動する ハイプレス。彼のACミランは、その極限を見せました。

もうひとりは、ディナモ・キエフのロバノフスキー。トレーニングとプレッシングに「科学」を持ち込んだ人です。

主人公の頭の中では、この二人の遺産と、はるか後年のクロップやビエルサが地続きになっています。

(――ハイブリッド・プレッシング。サッキが80年代後半のミランでゾーンの極限に到達し、ビエルサが90年代後半からマンツーマンの極限を作り上げる。俺はその二つを状況で切り替えるハイブリッド型を作る。世界がこれにたどり着くのは2010年代のクロップ、トゥヘルあたりだ)

「いま自分がやろうとしていることを、世界が言葉にするのは30年後だ」――そういう孤独を抱えながら、彼は1980年代を戦うことになります。


1992年6月 ―― ルール一つが、ゴールキーパーの仕事を変えた

個人的に、この年表で一番好きなトピックです。

1992年、バックパス・ルールの改正。それまでゴールキーパーは、味方からのバックパスを手で掴むことができました。それが禁止された。たったこれだけの変更が、フットボールの未来を静かに、しかし決定的に変えます。

足で扱えないと困るので、キーパーに足元の技術が求められるようになる。そしてやがて、誰かが気づくのです。「キーパーを、守りの最後尾ではなく、攻撃の組み立ての起点にできるのではないか」と。

この発想が形になるのは、ずっと先のことでした。2008年以降、バルデスを使ったペップのバルセロナ。2014年、ドイツ代表のノイアーが見せた「スイーパーキーパー」。2017年以降、エデルソンの足元を武器にしたマンチェスター・シティ。

主人公は、ルール改正のその瞬間を、未来から狙い撃ちにします。

(――1992年6月、バックパス・ルール改正。これで世界中のGKはバックパスを手で取れなくなった。「GKを攻撃の組み立ての起点にする」なんて発想はまだ、世界のどこにもない。だから、今、世界より先にシステム化する)

ルールが変わる「その日」を、何年も前から知っている。これが「未来を知る男」の、いちばん怖いところです。


2010年代 ―― クロップと「5秒」

ボールを失った、まさにその瞬間。リトリート(自陣に引く)のではなく、最寄りの3〜4人で 即座に奪い返しに行く。クロップのドルトムント、そしてリヴァプールが組織化した ゲーゲンプレス です。「失ってから5秒」という、あの感覚。

クライフのトータルフットボール、サッキのミラン。その流れの、ひとつの最終形でもあります。

(――5秒のカウンタープレス。本格的に確立されるのはクロップのドルトムント、2010年代。ボールを失った瞬間、最寄りの3〜4人で奪い返しに行く。リトリートしない、前で奪う。今、誰もこれを組織化してない)


2017年〜 ―― ペップと「ポケット」

サイドバックとセンターバックの間にできる、わずかな隙間。ハーフスペースとサイドの境目にあるその場所を、ペップ・グアルディオラは 「ポケット」 と呼んで世界に広めました。マンチェスター・シティのデ・ブライネが、その世界一の使い手になります。

現代フットボールで最も価値が高いとされるこのゾーンも、意識的に狙われるようになったのは、ほんの数年前のことなのです。

そして2020年代。攻撃時にキーパーまで含めた11人がポジションを取る 3-2-5。ペップのシティが到達した、ポジショナルプレーの一つの到達点。物語が最後にたどり着く地平も、ここにあります。


「20年早い」ということ

こうして並べてみると、面白いことに気づきます。

私たちが「サッカーの常識」だと思っているものの多くは、ここ10〜15年で言語化されたばかりの、ごく新しい概念だということ。偽9番こそ1953年ですが、それが現代の文脈で蘇るのは2009年。GKビルドアップは2008年以降。ポケットに至っては2017年です。

『EXTRA TIME』という物語は、この年表をそのまま20年ほど巻き戻して、「もしこれを誰よりも早く実装したら、世界はどう変わるか」という思考実験でできています。

ただし――早すぎることには、代償もあります。概念がまだ存在しないということは、味方の選手にすら理解されないということ。「なぜそこに走るのか」を、言葉で説明できない。未来から来た知識は、そのままでは武器になってくれないのです。

そしてもう一つ。主人公が本当に戦わなければならなかった相手は、対戦相手のクラブではありませんでした。それは、「1966年に世界一を獲った」という栄光にしがみつき、戦術改革を拒み続けた、イングランドという国そのものだったのです。

その話は、次回――番外編vol.2「英国はなぜ戦術後進国だったのか」で。


『EXTRA TIME』について

引きこもりだった男が、1980年のロンドンで28歳のイングランド人ディフェンダー「ジェームズ・ブレナン」として目を覚ます。頭の中にあるのは、半世紀分の戦術史。彼は3部の弱小クラブを率いて、未来の戦術を”まだ存在しない概念”として実装しながら、世界の頂点を目指します。

転生×サッカー×戦術史。ここで紹介した戦術が、物語の中で実際にどう「決まる」のかは、ぜひ本編で確かめてください。

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著/九頭龍 雄一郎


※ 戦術の年号・帰属は「物語の主人公の認識」をベースにしています。厳密な史実の断定というより、「この物語はこう捉えている」という枠でお楽しみください。引用した(――…)は、すべて主人公ジェームズ・ブレナンの心の声です。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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