【連載 7/7】それでも私が、AIに目くじらを立てない理由 ~AI執筆と教育のこと~

最終更新日

長かった連載も、これで最終回です。 ここまで「AIはどこで効いて、どこで効かないのか」を、一冊作る過程に沿って書いてきました。最後は、少し立場を変えて——教える側の人間として、私がAIとどう向き合っているかの話で締めようと思います。


「AIにやらせるなんて」への、私なりの答え

世の中では、論文をAIに書かせる、課題をAIにやらせる、ということを問題視する声があります。私は大学や高校で教えてもいる身ですが、正直、そこにあまり熱を上げる気になれません。

理由は、今回の執筆で身をもって分かったからです。 AIが素のまま出してくるものには、たいてい 「言いたいこと」——つまり、物足りなさや粗が残ります。そのままでは、通らない。

だから私は、こう解釈したいと思っています。 Bのレポートは、AIでも書ける。でも、A+のレポートが出てきたら、それはその学生本人が、それなりに手と脳みそを割いた結果だろう と。

この一冊が、その証拠だった

それはこの本そのものが証明しています。 AIをチームにして、初稿は猛烈な速さで出ました。でも——

  • GitHubに起票した修正リクエストは 500個超
  • 最初に生成した文章の 生存率は、編集中盤で70%割れ
  • 「自分で書いた方が楽だったかも」と何度も思った日本語の推敲

AIに任せきりでは、ここには絶対にたどり着けなかった。 最後に作品を一段引き上げるのは、結局いつも人間の手と判断でした。それは、論文でも、レポートでも、小説でも、たぶん同じです。

余談:AIの、なんとも憎めないところ

開発の仕事柄、私は Claude Code のようなツールには、かなり馴染みがあります。普段から使い慣れている。それでも——いや、馴染んでいるからこそ言えるのですが、注意深く見ていないと、完全に任せっきりでは、思わぬ落とし穴にハマる。これは何度も経験しました。コードでも文章でも、放っておくと、もっともらしい顔をして妙な方向へ突き進んでいることがある。

ところが、です。こちらが落とし穴に気づいて、「ここがこうだから、こう直すべきだ」と改善案まで示すと、その後の修正が爆速なんです。さっきまでの迷走が嘘みたいに、的確に直してくる。この 「指示の質が上がった瞬間に化ける」 感じが、AIのなんとも憎めないところだなと思います。笑

ひとつ、笑い話を。出版直前、電子版をビルドし直したら、苦労して作った紙版のPDFがごっそり消えました。犯人は、ビルド用スクリプトの冒頭に仕込まれていた「作業フォルダを丸ごと消す」一行。電子版を作るだけのつもりが、KDP入稿用のPDFまで道連れに全消しです。青ざめました。でも——「全消しではなく、更新する分だけ作り直す方式に変えよう」と方針を示したら、修正自体はあっという間。一度目の直しが不十分だと指摘すると、二度目で的確に潰してくる。やらかすのも速いが、立て直すのも速い。

結局ここでも構図はまったく同じでした。穴に気づいて方向を決めるのは人間、そこから先を猛烈な速度で走るのがAI。この役割分担さえ間違えなければ、これほど頼れる相棒もそういません。

おわりに

軽いノリで始めた一冊が、思いのほか遠くまで連れて行ってくれました。 着想、開発プロセス、日本語編集の現実、出版作業、表紙、込めた意味——長い連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

そして肝心の中身。1980年のロンドンに転生したジェームズ・ブレナンの、14年間を、ぜひ本編で見届けてください。

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九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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