【連載 5/7】表紙ができるまで ~AI生成カバーの葛藤と、著作権の話~
前回はKDPでのリリース作業の話でした。 そこで「表紙はAIに助けられた」と軽く触れましたが、実はこの表紙、助けられたで済ませられないくらい、葛藤もしたし、著作権についても真面目に考えました。今回はその話です。
どんな表紙にしたかったか
最初に思い描いていたのは、ごちゃごちゃさせない表紙でした。
AIに画像を作らせると、つい要素を盛りたくなる。でも当初の私は逆で、余白と引き算を効かせたかった。頭にあったのは、空に伸びる飛行機雲のようなアーチと、内側へやわらかくフェードする幾何学的な円——というシンプルで抽象的な構図です。
(先に白状しておくと、この“当初の理想”は、最後の最後でまるごとひっくり返ることになります。)
作り方は、
- ベースになる絵を AI画像生成(Nano Banana Pro) に作ってもらう
- それを Canva に持ち込み、トリミング・配置・色味の調整をして、細め〜中肉の明朝体タイポグラフィを重ねて仕上げる
という流れ。プロンプトを書いていて気づいたのは、「円を中央に、線を斜めに」みたいな図形指示より、「リトグラフ風」「モノタイプ」「エアブラシのグラデーション」といった画材・質感から指定したほうが、ずっと狙った絵に近づくということでした。図解的な正確さより、画材と抑制と余白。これが今回の手応えです。そしてこの 「AIにベースを作らせ、最後はCanvaで自分が手を入れて完成させる」 という工程は、後で書く著作権の話とも、実は深く関わってきます。
葛藤の話:答えにたどり着くまでが長かった
実は、最初からこの構図だったわけではありません。むしろ、だいぶ迷走しました。
最初にぶつかったのが戦略の問題です。AIに相談すると、「なろう系の表紙は キャラ絵押しがほぼデフォルト。抽象デザインは一般文芸寄りには効くが、なろう文脈では基本的に不利」と返ってくる。なるほど、と。そこで腹をくくって、抽象案とキャラ案を並行で走らせることにしました。
抽象案のほうは、こんな順で転がっていきました。
- 最初の「ピッチライン × モノクロ × ジオメトリック」案 → きれいすぎて 「プレゼン資料のスライドっぽい」 とボツ
- もっと作品らしさを、とリソグラフ・リトグラフ・モノタイプ・墨ぼかしへ
- 「分身したゴースト像」で“もう一つの人生=転生”を匂わせる案 → 図解的になりすぎて却下
- 参考にした一冊の装丁(白地に一本の力強い斜線)に倣って、一筆のストロークだけで語らせる案へ
- でもそれだと 東洋的・和風になりすぎる。Bauhausやスイス・デザイン、エアブラシのグラデーションを混ぜて西洋的な抽象に寄せ直し……
- ようやく「飛行機雲のようなアーチ+やわらかい円」という、自分なりに気に入った抽象案にたどり着いた
キャラ案のほうも別の苦労がありました。「ジェームズの後ろ姿、ダッグアウト脇から無人のピッチを眺める、1980年代イングランドのスタジアム」という構図で、最初はフィルム調の渋い写実で作ったら、メランコリックすぎて重い。そこからセルシェードのアニメ調へ、俯きがちのポーズを「静かな英雄」の佇まいへ、と何度も振り直しました。
地味にいちばん厄介だったのが、生成ツールが右下に消せないウォーターマークを入れてくること。プロンプトでは取れないので、最初からその角に重要な要素を置かない構図にして逃がす、といった小細工も必要でした。
通底していたのは、「AIで作ったな」と一目でわかる絵にはしたくないという一念です。一発で完璧を狙わず、何枚も生成しては選ぶ。一冊の本の顔として安っぽくしたくない——そのせめぎ合いが、いちばん時間を食ったところでした。
結局、街で見た一枚の広告で、全部ひっくり返った
抽象案も悪くない。自分では気に入っていた。……はずでした。
ところがある日、街で なろう系作品の広告を見かけたんです。そこに並ぶ作品は、どれもこれも キャラクターが、どーんと全面に出ている。その瞬間、すとんと腑に落ちました。「ああ、やっぱりこのジャンルは、キャラを前面に出さなきゃダメだ」と。
最初にAIが言っていた「なろうはキャラ絵押しがデフォルト」を、頭では分かっていたのに、心のどこかで“抽象でかっこよく決めたい”という自分の美意識を優先していた。でも、本を手に取ってもらうための表紙で大事なのは、私の美意識ではなく、読者が一目で「これは自分の好きなやつだ」と分かること。街の広告という現実が、それを突きつけてきたわけです。
そこで抽象案はきっぱり捨て、キャラ全面のマンガ調へ全面転換しました。出来上がったのが、いまの表紙です——ベンチに腰かけ、雨上がりのピッチを見据える主人公ジェームズ。背後には1980年代のスタジアム、傍らにはベンチの面々、足元には戦術ボード。タイトルは大きく硬く『EXTRA TIME』。さんざん抽象で迷走した末に、振り出しの「キャラ案」が、最後にきっちり主役の座をかっさらっていきました。笑
(前回も書いた「なろうのテンプレに乗っかった」話の、表紙版です。結局ここでも、ジャンルの作法には素直に従うのが正解でした。)
表紙にAI生成画像を使う以上、ここは避けて通れませんでした。専門家ではないので断定はできませんが、自分なりに確認・検討した論点を残しておきます。
- AI生成物の著作権の扱い:生成物そのものに著作権が生じるのか、生じるとして誰に帰属するのか。本文のときと同じく、人間の創作的な関与の度合いが効いてくる領域だと理解しています(人の創作的寄与を欠く画像は保護されにくい、という整理)。
- 既存作品との類似リスク:学習由来で、特定の作家・作品・キャラクターに似てしまっていないか。特にこの作品は1980年代イングランドのフットボールが舞台で、実在クラブ名も作中に出てくるぶん、もし表紙に実在クラブのエンブレム・カラー・実在選手の風貌に寄った要素が出たら危ない、という指摘を受けました。だからキャラを前面に出すと決めてからも、描くのはあくまで自分の創作キャラ(ジェームズ)と架空クラブ(ワンドル)だけ。実在のクラブや選手に寄せないこと、エンブレムも架空のものにすることは、強く意識しました。
- 利用ツールの規約・商用利用の可否:使った生成ツールやCanva、フォントが、商用出版で使ってよいライセンスか。明朝体フォントのライセンスも含めて確認。権利的に最もクリーンな選択肢として、学習データがライセンス済みで補償もある Adobe Firefly のような選択肢も俎上に載せました。
- KDP/Amazon側の規約:プラットフォームのコンテンツ要件。KDPには 「AI生成(AI-generated)」は要開示、「AI支援(AI-assisted)」は開示不要、という線引きがあるので、自分の作り方がどちらに当たるかを確認。
- AI利用をどう開示するか:本文も含め、どこまで・どう明示するか。
最終的にデザインは、抽象からキャラ全面へと大きく振れました。それでも、AIは“素材”の生成に使い、トリミング・配置・タイポグラフィといった最終的な構成判断は自分の手で行う、という基本方針は最後まで変わりませんでした。
具体的に言えば——ベースになる絵はNano Banana Proに作ってもらう。でも、そこで終わりにしない。 Canvaに取り込んで、どこを切り取るか、文字をどう載せるか、色をどう整えるかを、自分で何度も手を入れて一枚の「表紙」に仕上げる。この 編集の工程にこそ、人間の創作的な判断が乗っている と考えました。生成物をそのまま使うのと、それを素材として自分で構成し直すのとでは、「人の創作的寄与」の度合いがまるで違う——著作権を考えるうえでも、KDPの「AI生成/AI支援」の線引きを考えるうえでも、ここが効いてくるはずだ、と。
これは奇しくも、本文の作り方——AIに書かせつつ、最後の判断は人間が握る——とまったく同じ哲学です。表紙でも本文でも、人の創作的寄与をどれだけ残せるかを、自分なりの軸にしました。
念のため——私は弁護士ではないので、ここに書いたのは法的な結論ではありません。ルールはまだ動いている領域なので、「自分はこう調べて、こう判断した」という記録として読んでもらえたら、これから出す方の参考になるかもしれません(実際の規約やライセンスは、ご自身でも最新のものを確認してください)。
次回は、ぐっと中身の話に戻ります。軽いノリで始めたこの物語に、ひとつだけ込めた“重いテーマ”について書きます。
以下は失敗の残骸

