【連載 2/7】生成AIを「執筆チーム」にして長編を作った話 ~開発プロセス編~
連載第1回では着想とあらすじを書きました。 今回は、この長編をどうやって作ったか——生成AIをチームとして使い、自分はディレクションに回る、という作り方の話です。
役割は「作家」ではなく「ディレクター」だった
私の本業は会社経営と開発プロジェクトのマネジメントです。 なので今回も、執筆そのものを自分の手で全部やる、という発想にはなりませんでした。AIを部下のチームに見立てて、構成・キャラ設計・世界観・指示出し・推敲のディレクションをする——普段の仕事とほぼ同じやり方です。
ゼロから生み出すのではなく、「何を、どういう制約で、どう書かせるか」を設計する側に回る。実際、プロットの構造もキャラクターも世界観も、相当な時間を費やして組み立てました。
「上司と部下」に、本当に近かった
やってみて一番しっくりきた感覚が、これは 上司と部下の仕事のスキームにそっくりだ、ということでした。
いくつも指示を出すのですが、その指示が 体系化・法則化されていないと、AIは十分に対応できない。「なんとなくいい感じに」では動いてくれないんです。だから結局、私が全文を読みながら「ここがこうだから、こう」と、根拠とセットで指示を組み立てていく。普段の開発プロジェクトのマネジメントと、ほとんど同じでした。
そして、足の長い作業でした。まるで終わりの見えない開発プロジェクトそのもの。期間にしておよそ 25日間、gitのコミットは 200回近く、本文は 30万字超。GitHubで分割管理しながら起票した修正リクエスト(issue)は、別管理の台帳と合わせて 優に500件を超えました。途中、微修正での方向合わせをあきらめて 思い切って全面リライトをかけた局面もあります。我ながら、立派な“開発案件”でした。笑
使い分け:claude.ai と Claude Code
道具は大きく2つ。
- claude.ai … 創作上の判断、文章の良し悪しのジャッジ、相談役。
- Claude Code … ファイル単位の編集。章をまたいだ一括置換、横断的な修正、gitでのバージョン管理。
原稿はプロローグ+約30章を、すべてMarkdownファイルで管理。 昔はv1/v2/v3…と手で名前を付けていましたが、gitに切り替えたことで履歴管理が一気に楽になりました。
指示書という「設計図」
AIに長編を一貫した品質で書かせるうえで効いたのが、指示書(ハンドオフ用ドキュメント)を先に作ることでした。
HANDOFF_GUIDE.md… 確立したルール、キャラごとの口調、フォーメーション表、史実の正確性メモ、戦術の開示順序、章ごとの進捗トラッカーを一枚に。historical_elements_to_weave_in.md… 作中に織り込む史実要素(1966年の記憶、ロングボール信仰、ヒルズボロ&テイラー報告書、各クラブの黄金期など)を優先度つきで整理。
要は、新しいセッションを始めても同じ前提で動けるように、前提を全部ファイル化しておく。これがないと、AIは平気で設定を踏み外します。
おもしろいのは、この指示書が 作業のたびに1行ずつ育っていった ことです。たとえば文章を見直す「巡回チェック」の手順は、見落としをやらかすたびに「次はここも見る」が書き足され、いつのまにか手順書のひとつの節になっていました。AIに任せた、というより、AIと“チェックの段取り”そのものを共同で育てた——感覚としては、そちらのほうが近い。失敗するたびにルールが1行増えるのは、人間どうしの編集現場と、何も変わりませんでした。
史実は「味付け」ではなく「制約」
もうひとつ大事にしたのが、実在の選手の年代・クラブ史・歴史的事件を、フレーバーではなくハードな構造制約として扱うことでした。 ヒルズボロ後の欧州大会出場停止、リーグの勢力図、各クラブの黄金期——こうした「動かせない事実」の上に、架空のワンドルの物語を乗せていく。嘘の上に乗せると一気に世界が安っぽくなるので、ここは譲りませんでした。
そのために、地味で容赦のないチェックをひたすら回しました。登場人物の年齢計算(その年に何歳か)、「先取り表現」の排除(まだその時代に存在しない概念や言葉を、キャラに先回りして言わせない)、さらには ジョッキで乾杯させないような生活・文化レベルの考証まで。「1980年代の英国として、これは本当にあり得るか?」を、一つひとつ潰していく。地味ですが、ここを怠ると世界が一気に嘘くさくなります。
ちなみに、こうした過去の史実や小ネタには、もともと私が持っていた知識だけでなく、AIとの対話の中から出てきたものを、自分で味付けして採用した部分も少なくありません。おかげで、戦術オタク・フットボール史オタク全開の濃さになっています。正直、一人の作者として書ける限界を、結構大きく超えた感覚すらありました。そこも楽しんでもらえたら嬉しいです。
戦術には、背番号ならぬ“記号”を振った
ワンドルの独自戦術には、ギリシャ文字(α〜θ/第一〜第八)で名前と通し番号を振り、ひとつの体系として管理しました。物語が進むほどジェームズの“引き出し”が増えていく——その引き出しを、設定として一覧化していたわけです。
しかも一度決めた番号は、書き進めるうちに何度も組み替わりました。ある日には、番号の繰り上げと再分類という“大手術”を敢行しています(δ=ロングスローはセットピースに格下げ、ε=偽9番、ζ=アイソレーション……といった具合に整理し直す)。読者に番号として見えるわけではない裏方の作業ですが、こういう設定の背骨があるかないかで、戦術描写の一貫性はまるで変わってくるんです。
実例:「くすぶっていた名選手」をどう探したか
これがいちばん分かりやすい例だと思うので、実際のやり取りを書いておきます。
主人公ジェームズが、まだ無名の才能を発掘していく——その「発掘される選手」を史実から探す作業を、AIと一緒にやりました。最初にAIが挙げてきたのは、当時の非リーグでくすぶっていた実在のイングランド人選手たち。Iain Dowie、Eddie McGoldrick……。史実としては正しいのですが、正直、私も日本の読者もピンとこない。
そこで、こう注文を出し直しました。 「もっと知名度を上げてほしい。日本のサッカーファンが、W杯・プレミア・チャンピオンズリーグで見て知っているレベルの選手で」 と。
すると、出るわ出るわ。20代前半まではほぼ無名で、後年に大化けする遅咲きの名選手たちが次々と。それぞれ「1990年代前半にどこで何をしていたか」「いつ覚醒したか」まで添えて返ってくる。ほとんどは私の引き出しになかった知識で、これを自分で取捨選択し、物語に味付けして組み込みました。あえて名前は挙げませんが、日本のサッカーファンなら、W杯やプレミア、チャンピオンズリーグで必ず一度は唸らされたはずの顔ぶればかり。誰がワンドルのユニフォームを着るのかは、本編でのお楽しみにしておきます。
そして、ここに作品らしさを一本通しました。ジェームズはただ“結果”を知っているから集めるのではなく、まだ世に出ていない才能を、自分の目で見抜いて口説く。そして彼らを 「史実より1シーズンでも早く、世界へ解き放つ」——そんな情熱の物語に落とし込んだわけです。
(余談ですが、「彼らが史実で輝く時期が来たら、ワンドルで囲い込まず本来のクラブへ送り出すべきか、それとも物語の最後までワンドルに留めるか」で、AI相手にだいぶ悩みました。我ながら 「なかなか複雑」 な相談をしていたな、と。)
……と、ここまで読むと「AIで全部ラクできたんでしょ」と思われそうですが。 次回は、そう単純じゃなかった話を書きます。テーマは「日本語の編集は、結局自分で書くよりちょっと楽なだけだった」。
