カルチャーフィットとか言った時点で停滞してる

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先日、中国の深圳でとあるスタートアップのメンバーと会食していた。

彼らは設立3年目を迎える位で、去年はメンバーが一気に150人ぐらいまで増えたらしい。来年は300人ぐらいになると息巻いていた。

さて、そんな彼らの会社だが、私もスタートアップの運営、あるいは中小企業の経営のそれなりに深いところに関わっている経験から人数が増えることの難しさというのは痛みいる部分がある。もしこれを読んでいる人が経営に近い人間であったり、あるいはそれなりに大きなサイズのチームをマネージメントした経験があればよくわかるだろう。何を言わんとしてるか。

そう、カルチャーフィットの難しさである。

チームの人数が増えると、必然的に出事であったり、経験してきたことが異なる。そうすると1つの作業1つのミーティング1つの製品仕様に至るまで様々なところで善意の衝突が起きる。つまりお互い良かれと思って言っているのだが、文化の違い、あるいは経験の違いによって、齟齬が生まれてそれによって、自然と軋轢が発生するという難しさだ。カルチャーフィットを重視するという事は、それはすなわち入り口戦略に近くて、入ってくる時点である程度その意思が統一されているメンバーで固める、あるいはまだ白紙に近いようなメンバーを集めて、会社の文化に染める。そういうことだ。

150人から1年で300人になるなんて、極めて物騒な話だ。そこでその会社の初期メンバーにあたるとあるマネージャーに聞いてみた。

「カルチャーフィットについてどう考えてるの?」

彼の答えはシンプルだった。「まぁ、メシの好みはそれぞれだよね」

話が通じてない。日本で経営に近いレイヤーの方と話をすると、間違いなくこの話はあるあるとして通じるのだけど、やはりここは日本ではない。それなりに丁寧に説明する必要があるのだろう。

ということで説明した後で改めて聞いてみた。

「人数が増えるとさぁ、会社の中で文化の違いや開発スタイルの違いとかがさぁ出てくるじゃん」

彼の答えは、依然的外れだった。「まぁ四川出身のやつはすげえ辛いのが好きだし、あ、この店四川料理だけど、深圳の人向けに押さえてあるんだよね。美味いだろ。」

ただ、ちょっと機嫌な顔していた。お互い母国語ではない英語で話しているからたまにこういういまいち噛み合ってないやりとりになる事はある。その後お互い酔っ払ってたのもあったし、私もそれなりに長々と説明して、だろ?わかるだろ?という感じで投げかけたがやっぱり結局彼には伝わらなかった。

「大事なことはミッションにきちんとコミットしてくれるかどうかだよ」

とすら言わなかった。

さて、以下は単に私の所感だ。分析、になればいいんだが。

ご存知の人も多いかもしれないが、深圳のスタートアップと交流するとまず気づく事は、メンバーが非常に若いことだ。大体どんなスタートアップでも平均年齢は30代後半になる事はなくて、30代前半かあるいは多くの場合で20代だ。彼らは非常に勢いがあるだけでなく、勤勉でもあり、かつ24時間365日働くという意欲にも満ち溢れている。

非常に活力がある。

私にも少なからず覚えがあるが、20代は頭がおかしいレベルで働く人間が一定数いる。私は一時期3時退社が当たり前だった。夜中の3時である。会社から自転車で10分程度の家に帰って、寝て、朝10時にまた出社する。そんなことを繰り返していた。給料の計算なんてしてないし、プライベートで守るものも特にない。海外工場でトラブルがあったら即日飛んで行く。

なぜそんなことをしていたか。楽しかったからだ。

また別の経験も私の中にある。シリコンバレーで立ち上げたばかりのスタートアップに最初の社員としてジョインした時。個々の判断基準は曖昧だったし、管理もされていないし、プロセスも定まっていないし、カオスというよりはむしろ様々な物事がぼやけていた。しかし、それらをうっちゃって突き進んでいた。とにかく作る、とにかく出す、とにかくいじる、とにかく汗をかく。

指示系統とある種の忠誠心はハッキリしていた。方針はCxOに従う。詳細は現場で流動的に。それで十分。

また日本でとあるスタートアップを立ち上げた時、「あるある」の分断の軋轢に面した経験もある。これは振り返れば全くもって苦い経験に違いないのだが、その時の私は「方針はCxOに従う。詳細は現場で流動的に」で突き進んだ。今度は私がCxOの立場だ。1stプロダクトのローンチは上手くいったが、その後分断の圧力の中で全てが致命的なまでに上手くいかなくなっていった。私は「カルチャーのすり合わせ」という単語の意味を初めて理解した。

何が違ったのか?

その時の私にはさっぱりわからなかった。冷静に考えたら、私が下っぱエンジニアとして目標に向かって純粋に、昼夜を問わず、計算高くなることなく、全てを投じて取り組めていたのは、決してマネージメントが良かったからではない。もちろん当時の上司は理解がある優しい方だったが、何か印象的なことをしてもらった記憶は特段ない。私が私の意思で私の熱量で行っていたんだと思う。

そう熱量だ。

分断の圧力にやられていた時期。足りなかったものは熱量だった。

また深圳のスタートアップのオフィスでしばし滞在していると気づくことがある。

会話が少ない。

社員同士の会話がほとんどない。みんな集中して作業に取り組んでいるが、中国人は取り立てて無口ということはない。したがっておそらくあまり相談することがないのだと思う。

中国は依然労働力が豊富な国である。そのため分業はとても進んでいる。アメリカですら日本より分業が進んでいると感じた。日本は世界では比較的分業が進んでいない国なのではないかと思う。

分業のデメリットは、社員の事業全体に対する理解度が下がることであったり、それによって社内の部署異動が難しくなったりすることである。中国はあまり知らないが、アメリカではそもそも部署異動はほぼ発生しないからそんなこと気にする必要がなかった。ここについてはまた日本は少し変な国である。

分業のメリットは言うまでもなく「深化」である。担当領域がより明確化することによって目移りすることなく、その特定のカテゴリーをとことん突き詰めることができる。効率化、新しい技術の取り組み、コストダウン、日程遵守、すべてにおいてポジティブな効果が期待できる。私が10時ー3時で働いていた時に取り組んでいたことは「とにかく特定製品の不要輻射を通す」ことだった。よく覚えている。勉強する必要もある、アイディアはあるが試す時間が足りない、いや、とにかくできることからひたすら取り組む、上手くいかないこともある、しかしプライドと意地を持ってとにかくやる。必然的に多くの知識と経験が積み上がった時期だったと思う。

そして分業が進んでいくと、他のメンバーと相談することがあまりなくなる。結果、自分の目の前の業務に集中することができる。

チームで行っていることには、もちろんチーム単位での分業、あるいはチーム内での分業等のレイヤーが存在するのは当たり前だ。しかしチームマネージメントの単位は小さい。5, 6人から多くて20人とか。実はこれはカルチャーがなんとかとか考える必要がないサイズ感の集団である。

おそらく、このような構造的な積み重ねで、200人300人の組織になったとしても、カルチャーについて考える必要性がほとんどないのだろう。

そして分業は実は管理の手間の増加と現象でプラマイゼロに落ち着くということも仮定できる。例えば分業するときにとても重要な事は、一人ひとりに対してもちろん分担と目標設定を細かくやらなければならないということだ。つまり管理工数は増加する。しかし一方で管理者はその人がやっていることというのが非常に理解しやすくなるから、成果が出ているか出てないか改善が必要か必要ないか判断がとても単純になる。仮に複数のチームにまたがって活動しているメンバーがいると、その人の評価は難しい。あるチームではとても成果が出ていなくて、正直やる気がないように感じたとしても、その人が所属している別のチームでは非常に多くの成果が出ていて、活力と推進力を発揮しているかもしれない。さてこんな人をどう評価する?この人にはこの後のような業務範囲の設定が妥当なのか?などなどの悩みが発生する。分業の場合には、このような悩みは一切存在しない。

設計は大変だが、評価と修正は容易であるというのが分業の特性じゃないだろうか。プラマイゼロ?いやひょっとしたらトータルで管理工数はマイナスかもしれない。なぜなら、カルチャーフィットの管理が要らないからだ。

ここで仮説として、十分な熱量があり、分業が十分に進んでいる会社では、カルチャーの管理は必要なくなるのではないだろうか。

スタートアップの業界に身を置いたことがある人なら、心当たりがちょびっとあったりするんじゃないだろうか。伸びているときのスタートアップだ。スタートアップは得てして「人手が足りないから全部やらなきゃいけない」というような分業とは程遠いシチュエーションを経験する。しかしこれは本当に立ち上げの時期だけだ。実はすぐに分業の深い谷が発生する。いわゆる単一障害点の塊の状況である。誰々がいないとクラウドインフラのことはさっぱりわからない。誰々以外はこの基板の回路を把握していない。誰々以外はこのExcelの意味を全然把握してない。そういう状況だ。しかしそれらが一塊になって事業が進んでいく。そう、まさしく一塊になって。その時、カルチャーフィットがどうたらとかあくびがでるようなことをクチにするやつはいない。

しかし、いつからか、他部門の業績にケチをつけ始めたり、発生した課題のお見合いが起きたり、コミュニケーションが足りないことを気にし始めたりする。これはまさしく大企業病の入り口だ。目の前の業務を楽しんでいて、集中して取り組んでいて、日々そこに心血を注いでいたら、誰もそんなことにはならない。

経営レイヤーで言うと、十分な分業ができない要因は、フォーカスすべき事柄がハッキリしていないからだと言える。もし事業の成否を分けるようなレバーがどこにあるかがはっきりしていたら、そこにリソースも集中も熱量も突っ込むっていうのがとてもわかりやすい話だからだ。

しかし、それがわからないから、あっちをやったりこっちをやったりする。

以前からスタートアップや経営者にアドバイスをするときに私が一貫して言っていることがある。「R&Dは時間を分割するんじゃなくて、人を分割するべきだ」と。これはほとんど守られたことがないアドバイスだ(笑)。人間はそんなに器用ではない。

経営は1本足打法で乗り切れるものではなかなかない。だから、何事にもポートフォリオ設計が必要となる。この文脈でも導かれるベストのソリューションは分業だ。

分業と熱量の連動性はさほど明確ではないが、分業と集中の連動性は比較的明確だと言って差し支えないだろう。私の経験からもそう言える。

そういう意味では、熱量は最低限の火種であって、分業はその火種の周囲につけてあげる囲いのようなものかもしれない。囲いは決して外部からの風避けだけの意味ではない。火種の周囲の囲いをつけてあげると、空気が全て下から上へと直線的に狭いエリアを抜けるようになり、これがトンネル効果を起こして火力を上げるのに役立つらしい。キャンプ経験からの豆知識だ。

彼らがここに書いたようなことを戦略的に行っているかというと、そんな事はあんまりないんだと思う。ただしかし構造的に分析し学び取ることができる。ぜひとも学び、そして日本流のアレンジが生まれることに期待したい。

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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