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Q. PoCを何度かやっているが成果が出ない。何故だと思いますか?

実はこれ変な質問なんですよね。

PoC = Proof of Concept は「仮説の証明」という言われ方もしますが、何かしら製品なりサービスなりのアイディアを想起したあとにまず行う実験、というような位置付けで用いられることが多い言葉ではないかと思います。 製品やサービスの開発というものは時間もお金もかかります。

決裁者の立場を想像してみればわかると思いますが、数億を費やすプロジェクトのGo/No-Goをよくできたプレゼン資料の数十枚で判断できるわけありません。 「ここに書いてあることが本当だと実証してくれ」 そのためにPoCを行うわけです。 したがって仮にPoCを行った結果「このアイディアはマズい。やめておこう」となったとしても、それはそれでひとつの成果です。数億円の経費を失敗するプロジェクトに差し向けずに済んだわけですから。

したがって「成果が出ない」とは? これは「ゴール設定」と「効果測定」の問題だと推察できます。

<ゴール設定>

Go/No-Goの判定はシビアに行われるべきです。したがって「これができたらGO(プロジェクトは次へ進める)」「これが満たせなかったらNo-Go(プロジェクトは終了)」という基準を事前に決めておくことが極めて重要です。

<効果測定>

判定の基準は明確である必要があります。極力数字で設定することが好ましいです。
しかし性能を基準にする際に適切なパラメータを選択しなければプロジェクトは一気に泥沼へとハマり込んでしまいます。 なぜならPoCで作成するプロトタイプは一般に製品として作られるものと比較していくつかの段階を経ていません。例えばQAや認証などがそれにあたることが多いかと思います。 QA=品質保証は様々な試験を行い客観的な機能動作やその安定性などを評価します。認証は法的な適合性であったり規格への準拠を評価します。大抵の製品はこの工程で何度も差し戻しになり、その都度改善を重ねることで製品としての品質を上げていきます。 PoCで行うには時間もお金も足りないケースがほとんどです。したがってこれらは行われない、あるいは簡略化されることになります。 これによって評価判定が揺らぐ光景をよく見ます。

例えば、人体に装着するタイプの製品のPoCを行うとします。スポーツで使う可能性があり、したがって防水性が求められます。 ここで一旦「IPX8相当(仮)」という最終製品の目標を掲げたとしても、それをPoCで評価することは困難です。部品が成型品ではありませんし、量産ラインで作らない限り防水品質の評価をしたところであまり意味がありません。 仮にPoCの焦点はその製品に搭載するアルゴリズムだったとします。人体の何某かを検知して通知するような製品です。したがってPoCのゴールは「アルゴリズムの有用性を確認すること」効果判定の基準は「リファレンスデータとの誤差が±1%以内」と置かれたとします。 さて、実際に現場で使ってみて効果測定を行いました。 「使い物にならない」というコメントが入ります。 防水性能が不十分で何度もPoC中にやり直しをしなければなったからです。 これ、当然感想としては正しいのですが、しかし判定基準とは関係ありません。しかしPoCの結果としては「性能は完璧だったが、このままではプロジェクトを進められないという意見がある」というようなどっちつかずの空気になります。

しかし初期にゴール設定と懸念点の洗い出し(プロジェクトのリスクアセスメント)がきちんとできていれば「防水性能や動作安定性は想定されていた問題なのでそれは次のステップでの課題として、ひとまず精度が十分であることが証明できたのでアルゴリズムに懸念は無い。したがってプロジェクトを次のステップに進めよう」と結論できるはずです。

とはいえ、現実的には数値による基準設定が困難であるケースが極めて多いように思います。なので、ここでコケるケースが多いのだろうと想像します。

例えばPoCのような予算が限られた状況で、作成したプロトタイプを使用しての大規模なマーケティング調査などは困難です。デバイス数も足りないし、協力者への謝礼も払えないし。そもそも時間がかかってしまってコンパクトに行えません。 「とりあえずやってみて、無事動いてるし、こんな感じでいいですかね?」 ではなかなか次のステップへ進める判断はできません。 しかし明確な数値基準を作るのは難しい。

そのような時に取り得る手段として「決裁者、決裁日を明確にする」という方法が考えられます。 これは少々雑な言い方をすると「何月何日に誰々さんがGo/No-Goを決める」と握ってしまう、ということです。 乱暴なやり方のように聞こえるかも知れませんが決してそんなことはありません。 決裁者は通常の場合、予算を決定するあるいは実行する権限者ということになりますので、何かしらの部門長なり役員なり、場合によっては社長です。決裁者を決め、決裁日を決めた時点でその方とコミュニケーションを開始します。プロジェクトの狙いについて目指す目標について語り、そしてその返答として何を判断基準とするかを握ります。 きちんとしたら信頼に足るボスであれば、その判断を翻すようなことはないでしょう。当然横槍が入ることは十分にあり得ますが、少なくともプロジェクトがPoCによってクリアすべきラインを明確にすることはできるはずです。

仮にそうやって設定したラインをクリアしているにも関わらず、そしてそれを明確に証明したにも関わらず、プロジェクトのGo/No-Goの判断が出ない場合は、それは何かポジティブではない状況の変化であったりトラブルなりが発生したことによってプロジェクトそのものの価値が揺らいでいると推察できます。そのような場合は実質的なNo-Go判断だと受け止めて、現状のサンクコストには拘らず潔くプロジェクトは停止し、別の角度を検討し直す方が賢明です。

このポストの内容は以下の書籍の一部(原文)です。興味のある方はぜひ書籍をお求めください。

幸せなIoTスタートアップの輪郭

qzuryu

九頭龍 'kuz' 雄一郎 エンジニア/経営者, 日本の大企業からシリコンバレーのスタートタップまで多種多様な千尋の谷に落ちた経験を持つ。 株式会社ClayTech Founder/CEO, 監査役DX株式会社 Co-founder/CTO, 株式会社スイッチサイエンス取締役, 株式会社2nd-Community取締役, 東北大学客員教授, 東京工業大学非常勤講師, 武蔵野美術大学非常勤講師, 他複数社の顧問など。

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